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<漫画>吉田戦車さん新境地の絵本語る 目指すものとは

毎日新聞 5/13(土) 10:00配信

 1990年代前半にビッグコミックスピリッツ(小学館)に4コマ漫画「伝染(うつ)るんです。」を連載し、不条理ギャグ漫画のパイオニアとして一世を風靡(ふうび)した漫画家、吉田戦車さんが、このほど絵本「走れ!みかんのかわ」(河出書房新社)を出版した。吉田さんにとって絵本は6年前に刊行した「あかちゃん もってる」(同)に続く第2弾だが、今回は、ミカンの皮が走り出したり、瀕死(ひんし)のバナナが登場するなど、“吉田戦車ワールド”全開だ。不条理ギャグの奇才がなぜ今、絵本なのか聞いてみた。

【写真特集】“吉田戦車ワールド”が全開

 --絵本を描くきっかけは。

 今、小学2年生の娘がいるのですが、彼女が1歳くらいの時に企画として編集部からお嬢さんに読ませられるような絵本をやってみませんかというお話をいただいて、それでスタートしました。

 --育児日記の「まんが親」(小学館)というエッセー漫画も描かれました。

 完全に妻と育児を分担するというか、わたしの方が全然少ないのですけど、協力するということだったので、取材のために映画を見に行くとか、旅行行くとかの時間がなくなる。オムツ替えたり、散歩したりということに時間をとられるだろうということになった時に、じゃあそれをネタにしちゃえというそういう発想だったのですね。身近に一番あって、もしかしたら面白くなりそうなネタとして赤ちゃん、子育てというものを持ってきた。そうせざるをえなかったという感じはあります。

 --子育てで創作活動がなかなかできない状況に?

 1本連載(「おかゆネコ」<小学館>)がありつつ、そっちではフィクションをやるわけですから。まあもう一つの月に3ページが2回あるようなマンガではエッセーみたいなものがいいんじゃないか。長年のファンは吉田も子育てエッセーかよ、みたいな気持ちになったのかもしれませんけど。まあでもしょうがないじゃん、描くことないんだよという気持ちでしたね(笑い)。

 --ミカンの皮が主人公ですが。どういうところから発想されたのですか。

 おぼろげなんですけど、最初は植物の種みたいな感じのイメージでお話を考えたこともあったのですが、それがいつの間にか、実になり皮になりという感じで。皮が実を探して冒険するというのは、常に考える発想なんですけど、誰も描いたことないだろうとそこに行き着いて、そこからこうなった感じですね。

 ◇おとぎ話の説明のつかない楽しさ

 --不条理ギャグっぽいですね。

 うーん。説明していないんですよ。ミカンの中から実が逃げ出して追っかけるという原理を、あまりはっきり説明していないということでは不条理なのかもしれませんね。合理的な説明はしないで、とにかく「こんなことうそだ」といってほしいというか笑ってほしい。

 昔話にしろ、おとぎ話にしろ、いきなりかいという話はありますよね。さるかに合戦にしてもいきなり臼ですかみたいな。そういうおもしろさ。説明のつかない楽しさはもともと童話、絵本が持っているものだと思うので、それはマンガとの共通点でもあります。

 --バナナの顔がいかにも先生のキャラクターですね。

 このシーンが印象的だといってくださる方もいて、バナナ怖いという人と、バナナすてきという人がいて、なにがすてきなのかよく分からないのですが(笑い)。これも最初、ラフの時点では、ここでお別れだから、これはこのまま朽ちていくのだろうという感じで描いていたんですけれど、さすがに描いているうちにあんまりな気がして、まあ最後に助かるような絵を入れたりしました。

 --ほとんど瀕死の状態です。

 はらはらさせたかったんですよね。幼稚園ぐらいの読者を想定した時にドキドキはらはらという要素は入れようと。それには、やはり死への恐怖というのが最大かなと。食べられちゃうという。

 ◇開き直って絵本に漫画表現を入れた

 --絵本は漫画とどう違いましたか。

 絵本と漫画は似ているようで違うもの。日本の作家さんの作品を見れば、漫画とは違う魅力だったりする。今回は逆に開き直って漫画の記号っていうものをむしろ積極的に入れたんですよ。額に汗とか、走っている線だとか。歌を歌っている音符の記号とか。これは漫画の表現なんですね。それはもう漫画家なのでということで使うことにしたんですね。

 それに手足のないキャラクターにしちゃったので、マンガ表現を使わざるをえなかったんですよね。シュッシュッとか、はっと気づくとか。(ねえねえ皮というところも)中の実が話しかけているというふうにわかってほしいんですけど。考えてみれば気持ち悪い設定かもしれないけど、不条理なところも含めて楽しんでもらえれば。

 --「伝染るんです。」の時の感覚とは。

 さすがにわかりやすく、よりわかりやすく、よりはっきりと物語の展開がわかるようにというのは心がけました。「伝染るんです。」の感覚というのは、わりと雑誌の中で自由自在に遊べたというか。

 実際、漫画でも昔のようにはさすがには描けないというか。あのなんていうか、なんでもできたのは若くて、こわいもの知らずだったようなところもあるのではないかという気もしますね。20代後半のころから30歳にかけてというところですので。あの気分ではもう描けなくなっちゃっているかもしれません。まあ漫画の話ですけど。

 ◇漫才ブーム、タモリさん…平成元年という時代

 --当時は創作に苦労されていたのですか。

 あの頃はさくさく描けていましたね。小中高と漫画好きで育ってきて、いろんな好きなものがぶわっと出せたというか。なんというか、ネームを描くのですけど、5本掲載のために10本毎週描けていましたから。担当編集者とどれ使おうかということができていたので。その後、全然できなくなって。5本描くとしたら5本しかネームができない。それが余裕をもってできてましたので、若かったとしかいいようがないですね。

 --マンガ好きでずっと読んできた蓄積が一気に出たと。

 それは絶対ありますね。マンガだけじゃなくて漫才ブームだとか、タモリさんだとか、面白いもの、自分が好きだったものが出せたんじゃないかな。平成元年開始だったのですけれど、そういう時代ですね。

 --よく不条理ギャグといわれるのですがどう思っていらっしゃったのですか。

 今は慣れましたけど。不条理っていわれた時はそうか不条理かとうれしい感じではなかったです。漫画なんてものはそもそも不条理なものじゃないかなという気持ちもあり、先達の方々にも、不条理なシュールな作品の人たくさんいますので。面白ければなんでもいいやと、ギャグマンガが好きという中で、なんとなくちょっとシュールな表現の方向に話題を求めちゃっていたのかなというのは自覚としてはありましたけれど。

 ◇あの時代共通だったシュールなギャグ

 --シュールで人を笑わせるというのは、子供時代からそういう面を持っていらっしゃったのですか。

 子供の時は漫画全般が大好きで、普通に手塚治虫先生とか、内山まもる先生のマンガを熟読していた。赤塚不二夫先生も藤子不二雄先生もそれぞれ違う種類の面白いものとして読んでいたので、特に不条理なものを好む子供ではなかったとは思いますけど。80年代が割とマンガだけじゃなくて、表現がシュールなものがあったという記憶がありまして。

 たとえばお笑いもダウンタウンの番組とか、結構シュールなのをやっていてゲラゲラ笑った記憶があるのですが。あとお芝居も松尾スズキさんとか。シュールでありながらギャグでもあるというのはなんとなく共通のあの時代のものだったのかという気がしています。それがただバブルが終わって、オウム事件とかあって、世の中、現実の方が不条理になってきたよ、というなんかそんな流れの中にわれわれ生きているなという気がしてるんですよね。

 --不条理ギャグのパイオニアといわれることについては。

 今では光栄だとは思っていますよ。あの頃にしかできなかったことをやって多くの方に喜んでもらえたということは本望ですよね。ただ長く続けるためには本人はまともでなければいけないので、なかなかああいう不条理なものを続けるというのは体力がいる。当時はまだ若いからぽかんと元気いっぱいやれていた気がするんですが。だが、あまりにも突拍子もないものは飽きられる。刺激にはみんな慣れますから。それとの戦いですよね。

 ◇漫画の笑いより現実のおもしろさに食われた

 --今の業界をどう見ていますか。

 なんでもかんでもインターネットとかデジタルの世界のせいにしてはいけないとは思いつつ、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)とかブログとか、面白いと思うことをみんなどんと提示して、それが容易になったじゃないですか。そしてものすごく面白かったり、素人さんの写真が面白かったりとか。そういうことになると、フィクションの中で笑いを担ってきたものたちは多少食われるというか、そういう部分はあるのかもしれません。現実のおもしろさというものは、もともとあったわけで、それがみんな見やすくなったというか。自分もそういうのをおもしろがったうえでいっているのですが。それと比べてしまえば、昔の媒体にはなりつつあるのかなというね。

 --漫画雑誌が売れなくなっています。

 雑誌をめくることによる出合いとか。まあ新聞もそうなんですけど。新聞もクリックして好きなニュース読むんじゃなくて、漫然とめくる楽しさがあると思うので残念ですね。雑誌あってこその4コママンガだったりはしてきたわけで、「美味しんぼ」とかそういうヒット作があるから隅っこで「伝染るんです。」が描けたみたいなね。“幕の内弁当”の中に入れたというのは幸せなことではありましたけどね。雑誌というのはそういう時代があるものですよね。

 ◇網点のグレー表現 デジタルでは意味がない

 --ギャグマンガの復権は。

 たとえばサザエさんみたいなベーシックものとか新しく出てどかっと売れるかもしれないし、本能みたいなものですから面白いもので笑いたいというのは。あと漫画という手法も決してインターネットの世界にのまれてなくなるものではないとは思いますので。漫画の喜びというものがまたありますからね。

 電子コミックが進む道はフルカラーでしょうね。どう考えてもそうとしか思えないですよ。1色ってのは雑誌の世界の手法ですから。スクリーントーンという網点でグレーを表現する手法だって、デジタルの世界ではあまり意味ないですからね。

 ◇タブレットの絵本は寂しい

 --絵本もフルカラーですね。

 絵本こそ電子化ができない世界ではあるとは思うんですよね。めくる感じ、端っこを赤ちゃんがかじってもいいようなそういうものですよね。それは電子化ではつまらない。だから絵本という世界は生き残ってほしいですけどね。いや生き残るのではないかと思っています。子供がタブレットで絵本を読むというのはありえなくはないですけど、なんかちょっと寂しいなと。

 赤ちゃんのガラガラとか、車のおもちゃがなくならないように絵本というものはなくならないのじゃないかと思います。

 ◇昔の児童漫画を絵本でやりたい

 --今後挑戦してみたいことは。

 とりあえず週刊誌。週刊誌もいつまで続けられるか分からないですけど、週刊でしかやれないことをやりたいですね。「まんが親」という子育てものは一段落したんですけど、エッセーぽいものはやることになるかなという気はしています。子育ては離れざるをえないですよね。年ごろの娘のことを観察してはいけないというしばりでやめましたので。まあどうなることやらですかね。

 本当はフィクションで、ばかばかしくてちょっと不条理だけれどもフィクションとして楽しめるようなものを一番描きたいですけどね。

 --4コマではなくて。

 自分で描いた同じものを描いちゃいそうで、長年やっていると。4コマは難しいなあという気はしますけどね。場所をいただければ3ページとか、4ページというショートになってくるんじゃないですかね。ばかばかしい変なキャラがいっぱい出てくるようなやつやりたいですね。それはもうそういうものが好きでやってきたわけですから。出てきてほしいですね新時代のああいうものとか。

 それと同時に純粋にお子さんに楽しんでもらえるようなものも方向性としてもっていければと思います。児童漫画というものが昔あって、藤子不二雄先生がおっしゃっていたのですが、少年ジャンプじゃない、もっと小さい子向けの漫画。藤子先生の初期の「オバケのQ太郎」とか「パーマン」(藤子・F・不二雄作)とか「ドラえもん」(同)とかという児童漫画といわれていたころの感じを絵本で出していけたら幸せですね。

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よしだ・せんしゃ 1963年、岩手県旧水沢市(現奥州市)生まれ。週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)で1989~94年に「伝染るんです。」、94~98年に「ぷりぷり県」を連載。91年に「伝染るんです。」で第37回文芸春秋漫画賞、2015年に一連の作品で第19回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。妻で漫画家の伊藤理佐さんとの間に10年1月に誕生した娘を題材にした子育てエッセー漫画「まんが親」を10~17年3月にビッグコミックオリジナル(同)で連載。

最終更新:5/13(土) 12:28

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