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天皇陛下、17日から日光へ=疎開生活、回顧の旅

時事通信 5/13(土) 14:20配信

 天皇、皇后両陛下は17~19日、栃木県日光市を訪問される。

 天皇陛下が戦時中に疎開生活を送ったゆかりの地。戦後70年だった2年前に関東・東北豪雨で取りやめとなり、昨年は熊本地震で計画が実行できなかったが、両陛下の強い意向を受け再度計画された。

〔写真特集〕天皇陛下

 疎開生活を共にした同級生の一人、明石元紹さん(83)によると、陛下は昨年3月に都内であった学習院初等科時代のクラス会でも、日光の疎開生活を振り返っていた。明石さんは「日本にとってつらい時代だったご自身の少年時代を振り返り、戦争は大きな悲劇だということを、日光への旅で再確認されたいのだろう」と話している。

 陛下はサイパン陥落後の1944年7月10日、最初の疎開先だった静岡県の沼津から日光田母沢御用邸に疎開。当時10歳で、隣接する東京大大学院付属植物園日光分園の建物が学習院の教室となった。暖房は効かず、冬になると教室は同御用邸の付属邸に移った。陛下は、東京の自宅が空襲で焼けた同級生に「気の毒だったね」と声を掛けていたという。

 45年7月21日、陛下は奥日光の南間ホテル(廃業)に疎開。「当時は夏季錬成と言った」と明石さんは回顧する。陛下も同級生らと戦場ケ原などに行き、食糧になる野草や木の実を取った。米軍機が接近し、避難したこともあったという。

 陛下は8月15日の終戦の玉音放送を、ホテル別館2階の一室で聞いた。同年11月7日、日光駅から列車で原宿駅に到着。一面の焼け野原を見た。

 陛下が玉音放送を聞いた建物は73年に益子町に移築された。昨年8月、管理していた益子焼窯元が同町に寄贈。現在改修中で、2019年4月に宿泊施設としてオープンする予定だ。両陛下は80年に1度訪れている。

 両陛下は17日に日光市入りし、中禅寺湖近くの水産施設を訪問。18日に奥日光の旧南間ホテル周辺を訪れ、19日に学習院の教室が置かれた植物園と、御用邸の建物が残る記念公園を見て回る。 

最終更新:5/13(土) 15:25

時事通信