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元世界ミドル級王者・竹原慎二さん、村田へ活!「敗けは死じゃ!」

スポーツ報知 5/14(日) 11:02配信

◆報知新聞社後援 プロボクシング トリプル世界戦 ▽WBA世界ミドル級王者決定戦 暫定王者・アッサン・エンダム―同級2位・村田諒太(20日、東京・有明コロシアム)

 ボクシング12年ロンドン五輪ミドル級金メダリストでWBA同級2位・村田諒太の同級王座決定戦(報知新聞社後援)は、ゴングまであと6日となった。1995年12月19日、日本人で初めてWBAミドル級王者となった竹原慎二さん(45)が「敗(ま)けは死じゃ」と熱いエールを送った。13日、暫定王者(1位)アッサン・エンダムが来日した。

 ミドル級の厳しさを身をもって知る竹原さんは、村田が挑む世界戦を決して楽観視していない。「シビアな目線で言うと楽勝ではない。苦戦すると思う」。22年前にタイトル奪取、初防衛戦と2度経験した世界戦を、竹原さんは「戦争」と表現した。タイトル挑戦を実現させること自体が難しい重量級。「ミドル級での負けは、イコール『死』。僕の現役時代の座右の銘は、広島弁で言うなら『敗けは死じゃ』でした」と村田に活を入れた。

 竹原さんは95年12月、23勝(18KO)無敗の王者ホルヘ・カストロ(アルゼンチン)から初めてダウンを奪うなど圧倒し、3―0の判定で世界奪取に成功。「奇跡の勝利」と語り継がれるビッグファイトで歴史に名を残した。しかし、代償は大きかった。ミドル級のリミットは72・5キロ。パンチ一発の重さは50キロ台の軽量級とは比較にならない。カストロとの壮絶な打ち合いで「試合後のダメージも相当だった」と明かす。王座陥落した翌96年6月の初防衛戦まで、半年以上あったにもかかわらず、回復できなかった。その結果、24歳にして「左目網膜剥離」で引退を余儀なくされた。

 「ボクシングをスポーツだなんて一度も思ったことがない。生きるか死ぬか究極の戦い」と竹原さん。決死の覚悟を村田にも感じるという。足を使ったアウトボクシングのエンダムに対し、村田は恐れず前に出て、プレッシャーをかけて攻める展開を描く。デビュー当時の村田を「動きが硬かった」と竹原さんは指摘したが、1戦ごとにワンツーからフック、ボディーとコンビネーションが向上。「重い階級で世界を取るにはスピードとテンポの速さ、そしてボディー攻撃は絶対、大事になる」。足を使う王者が打ち合う展開に出れば、打撃で勝る村田のチャンスとみる。

 22年前に自身も腰に巻いたWBAのベルトだ。WBAスーパー、WBC、IBF統一王者のゴロフキン(カザフスタン)、WBOのサンダース(英国)らと比べれば、エンダムは「チャンスのある相手」と分析。「だから、これを取らないと(ベルトは)厳しい―と思った方がいい。つまり、『敗けは死』なんですよ。村田君に続く挑戦者は今後もう出ないかも知れない。だからこそ取ってほしい」と期待を込めた。(特別取材班)

 ◆竹原 慎二(たけはら・しんじ)1972年1月25日、広島・安芸郡府中町生まれ。45歳。16歳9か月で上京しボクシングを始めた。89年5月プロデビュー。同年度の18歳でミドル級(72・5キロ以下)の全日本新人王に輝き、19歳だった91年5月に日本同級王座を獲得し4度防衛。93年5月に21歳で東洋太平洋同級王座を獲得し6度防衛した後、95年12月に23勝(18KO)無敗でWBA世界同級王座に初挑戦し奪取に成功。

最終更新:5/15(月) 0:28

スポーツ報知