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昭和の大歌手と大横綱が目の前に… 東海林太郎音楽館、大鵬ギャラリー

産経新聞 5/13(土) 16:00配信

【東北おもしろミュージアム】

 ロイド眼鏡に燕尾(えんび)服、直立不動で歌う歌手・東海林(しょうじ)太郎(1898~1972年)と、大衆に人気のあるものの代名詞として「巨人、大鵬、卵焼き」と言われた元横綱・大鵬幸喜(1940~2013年)という昭和の2大スターの資料館「東海林太郎音楽館」「大鵬ギャラリー」が、秋田市で創業130年以上を誇る老舗の和菓子店「榮太楼」の2階にある。

 実は、2大スターの不思議な縁をつないだのが「榮太楼(えいたろう)」だ。東海林は秋田市出身。生家はかつて資料館に近い場所にあり、榮太楼の社長、小国輝也さん(53)の祖母は東海林と幼なじみ。一方、小国さんの姉、芳子さん(69)は大鵬夫人。大鵬が秋田巡業の際に見初めたという。そうした縁から大鵬ギャラリーの入り口には、東海林の生家にあった玄関先が移築されている。

 ■生誕100年を記念し

 東海林太郎音楽館は平成17年にオープン。東海林が使った燕尾服や眼鏡、マグカップ、扇子、机に直筆の掛け軸、勲章のほかレコード、関連書籍、歌の練習に使ったピアノなど貴重な資料が展示されている。遺族のほか、全国のファンからの寄贈という。

 設立は9年の秋田新幹線開通を契機に、町おこしの機運が秋田市で高まったことに始まる。小国さんは「新幹線が来たからといって、何もしなければ街はじり貧になる。目をつけたのが翌年の10年に生誕100周年を迎える東海林太郎だった」と振り返る。

 生前を知る歌手の島倉千代子や田端義夫、ペギー葉山らのショーや東海林のそっくりさんコンテストなどのイベントを実施。秋田市による設立案は立ち消えとなったが、小国さんが店舗の空きスペースを提供することで実現した。

 戦前に「赤城の子守歌」「国境の町」などのヒットを飛ばした東海林だが、戦後は不遇な時代もあった。

 秋田のクラブに巡業に来ていた当時、榮太楼が経営していた旅館に宿泊したこともある。「どんなに前の夜が遅くとも、朝から発声練習をしていたとか。生前よく言っていた『一唱民楽』という、一つの歌を真剣に歌いお客さまに喜んでもらう、との思いが伝わってきます」と小国さん。

 ■恩人のギャラリーを

 一方の「大鵬ギャラリー」は18年にオープン。前述の旅館に飾られていたゆかりの品を集めた。化粧まわしに手形、芳子夫人との結婚当初の写真などのほか、秋田巡業の際に旅館に泊まった当時の貴花田関(現貴乃花親方)ら人気力士の手形もある。

 勝負師としての素顔はとても厳しかったという大鵬だが、義弟である小国さんには優しかった。現役を引退し、東京で大鵬部屋(現大嶽部屋)を立ち上げ。小国さんが仕事で上京するたびに飲みに連れ出していたという。

 小国さんは父の死去に伴い、20代後半で社長を継いだ。バブル崩壊と長引く景気低迷から、コンビニエンスストアも和菓子を大量生産するようになり、厳しい経営環境が続く。

 「原点に戻り、丁寧な菓子作りをしよう」と、秋田県内に展開していた多くの店舗を撤退。さらに、戦後に開業した旅館も閉じる決断をした。相談のために上京した小国さんを、大鵬は酒を飲みながら「よく決めた。おまえの気持ちは分かる」と激励したという。「救われた思いでした」と小国さん。ギャラリーの開設はその翌年のことだ。

 ■若いファンも訪問

 2つの資料館には往年を知る世代のほか、若い世代のファンも訪れる。「日本の古き良き時代に一つの道を究めた。今は少なくなった生き方に、魅力を感じるのでは」(小国さん)。来年の生誕120年を控える東海林太郎については、劇団わらび座(同県仙北市)がその生涯をミュージカル化する企画もあり、一段の盛り上がりも期待される。(秋田支局長 藤沢志穂子)

 【メモ】秋田市大町2の1の11、菓子舗榮太楼大町店2階。JR秋田駅から徒歩15分。(電)018・823・5145。午前10時~午後4時。入場無料。月曜定休。年末年始および1~2月は休業。近くの千秋公園には東海林太郎の記念碑と胸像が設立されており、往年の歌が聞ける仕組みもある。また西船(さいせん)寺(秋田市土崎中央3)には墓があり、10月4日の命日にはファンや関係者が集う。

 ■しょうじ・たろう 秋田県出身。早大卒業後、南満州鉄道(満鉄)に入社、サラリーマンとなったが、声楽が好きで昭和8年、34歳で歌手デビューした。9年に吹き込んだ「赤城の子守唄」が大ヒットして歌謡界のスターとなり、その後も「国境の町」「麦と兵隊」など数々のヒット曲を残した。

 もともとクラシック希望だったというだけに、どんな歌を歌うときでも直立不動、表情もほとんど変えないという謹厳実直な歌い方。戦後は一時忘れられかけていたが、歌手の派手な振り付けが目立つようになった40年代になって再び人気を取り戻した。

 最近のカラオケでもオールドファンがまねをして歌うことがしばしば見られる。

最終更新:5/13(土) 16:00

産経新聞