ここから本文です

『メッセージ』は遠い記憶が蘇る不思議な感覚。映画史に残る予感!

5/13(土) 11:20配信

Stereo Sound ONLINE

異常なまでに画面の彩度が低い理由は?

 これは相当におもしろいなあ、引っかかるなあ、と試写を2回観させてもらい、ほかの取材との兼ね合いでわずかな時間だったけれど、ステレオサウンド社の視聴室で米国盤のUHDブルーレイを覗いてみた。

 同席した編集部員のみんなも驚いていたけれど、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『メッセージ』は、全篇、異様なまでに彩度が低い画面がつづくSF作品だ。

 ヒロインの言語学者ルイーズ(『ザ・ファイター』『アメリカン・ハッスル』のエイミー・アダムス。柔らかで、同時に芯も感じさせる好演である)の水面を臨む自宅も、講義をする大学の講堂も、突然現われた巨大なUFOが地上10メートルほどで直立しているモンタナ州の平原も、それを調査する前線基地のテントの内部もすべてが仄暗い。

 世界が夜の帳(とばり)に覆われている。暗部階調表現の極みに挑むようなルックなのである。

 なぜこのような手法を用いたのだろうか? ヴィルヌーヴは「子どものころ、雨の日にスクールバスの窓から雲を眺めて空想していたときのようなSF映画を作りたいと思った」と語っているが、この画調と、アイスランドのミニマル・ミュージックの俊才ヨハン・ヨハンソン(ヴィルヌーヴとは『プリズナーズ』『ボーダーライン』につづき今秋公開の『ブレードランナー2049』でもコンビを組む。ジェームズ・マーシュ監督の『博士と彼女のセオリー』も秀でた仕事だった!)の寄せては返す波のような音楽は癖になる。

 壁から何か、叡知のようなものが染み出てくるようであり、また映画のなかでも描かれる現実世界の偏狭や対立が影を落としているようでもある。夜が明けていないのだ。この意欲作のなかでは。

過程に身を浸す、心地良い思索

 では、『メッセージ』の世界に於いて、夜が明けるとは何を意味するのか。

 映画を観て原作小説を読み、また映画に戻るといった振り子のような行動をとっていたせいもあるけれど、UHDの仄暗い精細に触れたときには、ああ、この世界にまた帰ってきたという奇妙な安堵を覚えた。こんな映画も珍しい。結論を求めるのではなく、過程に身を浸すサイエンス・フィクションなのだ。

 それはアボットとコステロ(1930~50年代にアメリカで人気のあったコメディアン・コンビ)と名付けた2体のエイリアンと意志の疎通を図るために、彼らが吐き出す表義文字の解読に挑み、やがて不思議な力を身につける言語学者ルイーズの変容と足並みが揃ったものだ。

 劇中に「文明の基盤になったのは言語なのか科学なのか?」という会話があるけれど、この作品はその問いかけにそれは言語であるという旗を立てている。けれどもその光りはまだ世界を照らしてはいない。夜は明けていないのだ。

 ひとまずこう考えてみたけれど、どうかなあ。これが正解かどうかはわからない。その迷いが長く尾を引き、心地の良い思索に結びつく異色SFなのである。

1/3ページ

最終更新:5/13(土) 11:20
Stereo Sound ONLINE