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19歳で渡米、就労ビザも免許証も無い生活から億万長者に 「ヨシダソース」創業者・吉田潤喜の半生

5/13(土) 11:00配信

AbemaTIMES

6000人が集まる「ホームパーティー」

 オレゴン州知事の経済顧問を務め、ニューズウィーク日本版『世界で最も尊敬される日本人100人』(2005年度)に選ばれた男がいる。カウボーイハットがトレードマークの吉田潤喜氏、Yoshida Group会長兼CEOだ。

 吉田は「たった1本のソース」、しかしアメリカでは知らぬ者はいないと言われる「ヨシダソース」だけで成り上がった。

 33年前にアメリカで発売された「ヨシダソース」は、当時のアメリカ人が知らなかった甘辛い味のタレが武器。今では一日平均7万本が生産され、14カ国以上で販売されている。今ではソースだけではなく幅広く事業を展開、グループ会社18社を合わせると年商は250億円にものぼる。ソース販売以外に、物流業でも大成功を収めている。ナイキと提携し、エアソール部分の輸送の独占契約を締結、年間2億足分のエアソールを輸送している。

 ヨシダソースが爆発的に売れるようになったのは、小売王者のコストコとの提携がきっかけだが、発売当初は自ら小さなスーパーの店頭に立ち、奇抜なパフォーマンスで目立ち、売上を着実に伸ばしてきた。テレビCMにも出演、とにかくソースを売りまくった。

 今ではオレゴン州ポートランドに2万5000坪、東京ドームがすっぽりと入る大きさの敷地を持つ大豪邸に住む。そこで年に一度開催される「ホームパーティー」には6000人が集まるというから驚きだ。

 「ビジネスで成功したいなら恥を捨てろ。100%以外は全部0だ。アメリカでは99%も0%も一緒」と言い切るほど、徹底した経営哲学を持つ吉田。だが、もともとは京都出身の“やんちゃ坊主“。19歳の時、不退転の覚悟でアメリカに渡り、空手道場で生計を立てていた。それがなぜソース販売で大成功を収めるまでに至ったのか。ずばり「KARATE MUSICAL『SAUCE』」という名前で舞台化されたほど波瀾万丈な吉田のライフストーリーとは。

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最終更新:5/13(土) 11:00
AbemaTIMES