ここから本文です

「もうテレビは売れない」という勘違い

5/14(日) 18:11配信

ITmedia LifeStyle

 毎年、春に開催される「Global Press Conference」(GPC)は、電機事業に関わるプレスには重要なイベントとして定着してきた。このイベントは世界最大級のエレクトロニクス見本市として知られる「IFA」を主催するメッセ・ベルリンが開催しているテクノロジーと市場トレンドを追いかけるミーティングで、調査会社のgfkおよびgfu(ドイツ工業会)の協力を得て実現されている。

コンシューマー向けエレクトロニクスの市場規模(出典はgfk)

 毎年多くの国からプレスが集まるが、今年も50カ国以上から300人が集まった。エレクトロニクス業界の集まりと異なるのは参加する国数が極めて多いことだろう。アフリカ、中南米、中東からアジア、それに欧州の小国や東欧諸国にかけて、普段はあまり話をすることがないような地域で活動するジャーナリストとも交流が生まれる。

 そこには日本からは見えていないトレンドも隠れており、gfk、gfuが提供するデータとともに、グローバル市場の動きを感じることができるイベントだ。

 加えて今年は9月1日からの開催が予定されている「IFA」主催者が、新たな会場構成や出展社の傾向なども紹介。それらの状況からも製品ジャンルごとの勢いが見えてくるから面白い。

 メッセ・ベルリンCEO、Christian Goke氏は、今年のIFAはスタートアップ企業と先端技術の展示が目立つことになるだろうと話している。IFAはスタートアップ企業に対し、同じブースを6日間に渡る開催期間で分割して販売している。つまり、初日はA社、2日目はB社といった展示スタイルもあり、それによって価格を下げてスタートアップ企業が業界の中に入ってきやすい環境を作っている。

 一方、先端技術に関しては1つのホール(26番ホール)をまるまる「IFA NEXT」と銘打つホールとして設計。この中に研究学術機関や特定要素技術にフォーカスしたテクノロジスタートアップなどを集め、ワンストップでIFAに集まる電機関連の先端技術を一望できるようになるそうだ。

 こうした展示会の”チューニング”が行われる背景には、スマートフォンイノベーションの”一段落”がある。スマートフォン登場によってエレクトロニクス業界はその形を大きく変えたが、その先にあるのは新たな市場環境を基礎に新しいイノベーションを狙う企業の増加であり、90年代に潰れかけたアップルの逆襲を支えた新技術の発見や次世代のアップルを狙うスタートアップたちはどこかにいるのか? と興味をひき始めている。

 もっとも、今回のGPCに関しては別の部分に着目した。

 スマートフォンイノベーションが落ち着いたことで、次の波に乗ろうと先端技術やスタートアップにも注目は集まっているが、一方で”レガシー”な市場も健全性が高まってきているようだ。破壊的イノベーションで市場が荒廃したデジタル家電の世界だが、イノベーションが落ち着き、スマートフォンによる影響の範囲と大きさが見えてきたことで、レガシーなデジタル家電市場が下げ止まり、むしろ根強く収益性のある市場として再注目されているというgfuの報告だった。

 スマートフォンやクラウドといった新しい市場を形成する企業からは「旧世代製品の代表」と見なされることも多いテレビだが、実は欧米における1世帯あたりのテレビは増加を続けており、平均単価の下落も下げ止まったことで、以前ほどではないものの回復基調なのだという。

 これはテレビ買い替え需要の波が戻りつつある上、2020年にオリンピックを控える日本市場でも近い将来、起こり得るシナリオであろう。

●レガシーデバイス代表、テレビ市場は底堅い

 テレビ市場が堅調であるという市場データがgfuから示されたとき、アメリカ人の記者が冗談交じりにこう質問した。

「テレビはまだ主役だって? いやいや、値段も落ちてるし、どんどん売れなくなってる。テレビを観る時間だって短くなってるじゃないか。もちろん、家庭の中には必ずあるよね。でも、どんなテレビを使っているかなんて誰も注意を払ってないし、どんどんネットでの視聴に切り替わっているから、PCやタブレット、スマートフォンに取って代わられるよ。そのあたり予想しているのに”レガシー”デバイスにカンファレンスの時間を割くのかい?」

 gfuのチェアマン、Hans-Joachim Kamp氏は、「テレビは確かにレガシーだね。しかし、レガシー市場はいまだに大きい。スマートフォンを除けば、家庭で使われる電機製品の中でもっとも大きな金額が動く。そしてその傾向は今後も変わらないだろう。視聴時間が短くなっても、テレビが不要という議論にはならないからだ。その証拠に欧州の一部では1世帯あたりのテレビ保有台数は増えている」と話した。

 このやり取りを聞いてどう思うだろうか?

 実はこの噛み合わない議論は、スマートフォンによるイノベーションについて詳しい人ほど陥りやすい誤解を、アメリカ人記者がしているために起きたものだ。

●なぜテレビ市場は健全といえるのか?

 もっとも、こうした見方は特別なものではない。

 gfkによるとコンシューマー向けエレクトロニクス製品の市場は頭打ちで、スマートフォンによるイノベーションが起きてから8年目、電機市場も落ち着き始めた2015年に9480億ドルに成長してからは、2016年が9490億ドルに微増しているが、今年は9450億ドルと予想されている。

 スマートフォンは頭打ちとはいえ、まだ新興市場で伸びる余力がある。さらにはスマートフォンの周辺にある新ジャンル(スマホを使ったVRや、スマホ連携する多種多様のIoTデバイス、ウエアラブルデバイスなど)も増加する。すなわち、ほとんど市場サイズが変化していない中ではレガシージャンルの製品は市場が小さくなっていく。

 ちなみにgfkの予測では2018年の家電市場は9540億ドル。新興国は伸びるものの、欧州や米国需要が減り、成長はインドと東欧諸国が主役になるとの見立てである。中国も成長はするが、今後は主役から外れるとの予想だ。

 もっとも市場サイズの増分は新ジャンルの製品ばかりで、レガシー製品全体ではやはりマイナスが予想されているが、テレビだけは例外なのだそうだ。

 なぜなら、確かに”テレビ”を見る人たちは減少を続けているものの、映像コンテンツの消費時間はさほど減っていないからだ。電波による放送は見ていなくとも、「NETFLIX」や「Amazon Video」などネットによる映像視聴時間は増え続けている。

 日本では馴染みがないが、実はアジアでは「iFLIX」という映像配信サービスが急伸している。これは簡単にいえばNETFLIXの”アジア版パクリサービス”なのだが、NETFLIXとは異なるハリウッド映画スタジオもコンテンツ供給面で支援している。もともとDVDやBlu-rayが売れていなかった地域なので、ネット配信でハリウッド映画に親しんでもらい、劇場公開映画や米国製ドラマのファン層を広げようという意図があるためだ。

 iFLIXはNETFLIXのように米国市場を持たないだけでなく、日本や欧州といった米国外の主要市場でも展開していないため、本国の市場を荒らされる心配もないから組みやすいのだろう。ということで多くのハリウッドコンテンツ+アジア各国のローカルコンテンツというラインアップでアジアを制圧しつつある(本社はマレーシア)。

 アジア諸国で人気のあるジャンルならば自主制作番組にも投資しており、国ごとに異なる好みに応じた番組選びをすることで、米大手映像配信サービスよりも有利にビジネスを進めているのだ。彼らは今年、中東やインドといった地域にもサービス地域を広げる予定である。

 このように各地域に根差す形でネットを用いた映像配信サービスが展開し、スマートフォン、PC、タブレットなどで観ている映像を、ゆったりとした場で大画面で楽しむ手段としてテレビが再び買われ、あるいは置かれる部屋が増えているのだという。

●放送コンテンツが乏しかった地域ほど伸びる

 とはいうものの、テレビの販売台数が急増するわけではない。北米、西ヨーロッパの伸びは期待されていない。主に伸びるのはアジア、南アメリカ、そして東欧である。こうした国はローカル放送局のコンテンツ制作力が低く、海外の番組を購入して放送することが多かったが、ネット配信で自由に好きな番組を選べるようになり、選べるコンテンツの幅がグッと拡がったことで、それらをPCやタブレットではなく、テレビで観たいというニーズが生まれてきたのだ。

 ネット配信の場合、自分の好きなデバイスで映像を楽しめることが大きな利点の1つになっているが、スマートフォンで見始めたドラマであっても、自宅にいる時はより大きな画面で観たいと考えるものだ。視聴時間という意味では、確かにスマートフォンやタブレットに奪われているかもしれないが、そこで出会ったコンテンツを大画面でリラックスして観たいと思ったときはテレビの方が都合がいい。

 将来、”大画面のテレビで映像を楽しみたい”という発想をまったく持たない世代が、世帯主の主流になっていくことももちろんあるだろう。しかし、少なくともここ数年の間ではなく、世帯単位で考えてテレビで映像を楽しみたいという人がいる限り、少なくとも1台以上……さらに各個人が別々の映像をビデオオンデマンドで観られる時代と考えれば複数台、テレビが導入されるチャンスが出てくる。

 視聴時間が3割減ったからといって、テレビはケーキのように70%の大きさにカットして購入できるわけではない。必ず1台単位で購入するわけで、映像作品に触れる機会が増えた消費者が、テレビを再び買い始めるというシナリオには、それなりの説得感がある。

 もちろん、日本市場となると話は変わってくるが、少なくともネット配信でテレビ以外の機器に視聴時間が奪われることで、受像機がどんどん売れなくなるという予想が的外れであることは間違いなさそうだ。

●意外と足元に宝があるのでは?

 さて、gfuのテレビ市場が健全であるという主張に着目したからというわけではないが、個人的にも、ここ数年はレガシーデバイスの健闘が続くのではないか? という印象を持っている。

 ソニーのエレクトロニクス事業が持ち直している一方、スマートフォンの伸び悩みやタブレット端末の存在感低下などが示しているように、スマートフォンによるイノベーション、市場ルールの変化はいったん落ち着き、市場の形は定まった。

 そうした中でメーカー数は減り、また価格下落もある程度、落ち着き始めている。一方でレガシーの家電製品も、ネットワークにつながることで新たな価値が見いだされることが多くなっている。

 足元、手元にある商品が技術を、今の安定したエレクトロニクス市場に最適化できれば、爆発的ではなくとも持続的な収益事業になるだろう。レガシーはレガシーでも、最新の市場環境に合わせ込むことができれば、世帯普及率が高いだけに、そこには”足元にこそ宝”といえるものが埋蔵されているかもしれない。

最終更新:5/14(日) 18:11
ITmedia LifeStyle