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日本の忖度文化、研究不正の温床に

5/14(日) 12:20配信

ニュースイッチ

査読と淘汰に抑止力はあるか

  学術界の不正を防ぐ既存の仕組みには論文の査読と成果の淘汰(とうた)がある。長く科学の質や自浄作用を支えてきたシステムだ。査読を担う熟練研究者や雑誌編集者は怪しいデータに大抵は気付く。追加データを求めたり、別の実験で仮説を補強させたりする。ただ査読者をだます意図があれば話は別だ。データを捏造(ねつぞう)し、著者に有名研究者を加えて信用を演出する。

 だが査読を通過して論文が掲載されても、他の研究者が追試して再現されなければ学術的な成果として認められない。インパクトのある研究ほど世界の研究者を巻き込むため、追試が徒労に終われば、不正をした研究者は信用を失う。

 ある医学会理事長経験者は、「不正一つで悪評が立ち、積み上げてきた業績が吹き飛ぶ。科学は膨大な失敗の上に成り立つが、論文にしないため、(失敗は)研究室から外には出さない」という。同業の研究者から信用を勝ち取るのは簡単なことではなく、査読と淘汰が科学への信頼性を高めてきた。

 ただ査読システムは破綻しつつある。中国などアジアからの論文申請数が急増し、査読者や雑誌編集者の負担は限界に達しつつある。淘汰についても学問の細分化とすみ分けが進んだ結果、研究者同士で成果を検証し合う場面が減った。

 そこに実験再現性の低さが追い打ちをかける。生命科学や医学など、元来再現性の低い分野は他の研究者が再検証するコストが高くなる。

 再現しなくても、実験条件の細かな差異を理由にしてはぐらかすなど、不正が埋もれやすい構造ができている。増え続ける論文数に淘汰の速度が追いつかない。

 それでも新薬開発につながるなど、市場性のある研究は企業が再検証コストを負担する。研究者は実験記録を残してトレーサビリティーを担保すれば、不正を疑われても身の潔白の証明はできるかもしれない。

 ただ、京都大学の西川伸一京都大学名誉教授は「企業は不正防止に必ずしも貢献しない」とクギを刺す。企業が共同研究先の不正を見つけても、わざわざ研究者をおとしめてまで波風を立てたりはしない。燃費不正や臨床試験介入など、企業の倫理や管理体制そのものを問う問題も発生している。

 さらに市場性がなく実験再現性も低い領域はより深刻だ。基礎科学は、企業による再検証すら期待しにくい。再検証の頻度が少なくコストも高い。不正防止は研究者のモラルに依存する。

 まずは学術分野ごとに再検証の頻度やコストを整理し、不正が埋もれやすい領域を特定すべきだろう。構造的に危うさのある領域を学術界が認識するだけでも不正抑止の効果はあり、不正防止の勉強会など自発的な活動を促すことになる。まったく再検証されず再現性もない領域は、誰のための研究活動なのか説明するところから始める必要がある。

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最終更新:5/14(日) 12:20
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