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母を亡くした子どもは「母の日」を、こう過ごす

5/14(日) 17:05配信

BuzzFeed Japan

5月の2週目。カーネーションが街を彩り、「感謝の気持ちを伝えよう」とコピーが踊る。8歳の時に母を亡くした「彼女」にとって、カーネーションは地獄の花だった。何が起きたのか――。【BuzzFeed Japan / 嘉島唯】

先生、どうして私に謝ったんですか?

彼女が8歳のときに母は癌で他界した。6歳から入院する母を見ていたので、「あと何回いっしょにごはんを食べられるんだろう」と考えながら過ごしていた。「生きて欲しい」「きっと治る」と思いつつ、そう長くはないとわかっていた。

それでも彼女は充分に幸せだった。たくさん旅行もしたし、ピアノを弾くと褒めてもらった。母の介護用のベッドに潜り込んでは、馴染みのある香りに包まれながら眠る。そんな時間が好きだった。

2年間の闘病のすえ、母は息を引き取った。マセた子どもだったので、「ああ、お母さんに恋愛相談したかったな」と思った。一方、葬儀の翌日、学校へ行くのが少し怖かった。

「同級生の態度が変わっていたらどうしよう、なんて顔すればいいんだろう」

幸い、杞憂に終わった。同級生はみんな普通で、母が他界する前と何も変わらない日常があった。少し違うとするならば、彼女が夜更かしを覚えたことくらいだ。

それから初めて迎える「母の日」、不安にかられた。毎年の行事なので、ある程度覚悟はしていたけれども、どうしたらいいのかわからなかったのだ。

小学校では「お母さんありがとう」と書かれたカーネーションのバッジが全員に配布される。当時の担任は、新しく赴任したばかりの30歳。彼は、一人一人の机を回って、バッジを配っていく。

「先生は私に渡す相手がいないことを知っているのだろうか?」
「どんな顔をして受け取ればいいのだろう?」
「それとも、私の分はないのだろうか?」

先生が近づいてくるのを心の中で数えた。どうしよう、答えが見つからない。見つけなくては……。鼓動が大きくなっていく。そして自分の番がやってきた。彼はみんなと同じようにそのバッジを机に置き、困った顔をしながら小さな声でこう言った。

「……ごめんね」

全身が一気に熱くなり、眼球が焼ける感覚がした。思いもよらぬ言葉は、彼女から表情と言葉を奪った。少しでも口を動かせば、その瞬間に何かが溢れ出てしまう気がしたのだ。

彼の言葉に配慮の念がこもっているのは、幼い彼女にも一瞬で理解できた。けれども、この人は、私を憐れみの対象として見ていて、同情しているんだと思うと反吐が出そうになった。涙なんて流してはいけない。できるだけ平静を装うのだ。

泣いたら、負けだ。

バッジはグシャグシャに握りつぶして捨てた。もちろん、一人でいる時に。

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最終更新:5/14(日) 17:51
BuzzFeed Japan