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相撲人生充実の半世紀、友綱親方定年退職へ

Web東奥 5/14(日) 10:30配信

 14日に初日を迎える大相撲夏場所を最後に、旧天間林村出身の友綱親方(64)=元関脇魁輝=が、日本相撲協会を定年退職する。13歳で入門して半世紀余り、土俵と共に歩んできた。優勝5回の大関魁皇(現・浅香山親方)を筆頭に、師匠として育て上げた幕内・十両力士は5人。一方、本場所の勝負判定や取組、番付編成を行う協会の花形部署の審判部に通算15年ほど在籍し、協会理事を通算4期8年務めた。「自分なりに考えたことが、まずまずできたかな」。江戸時代から続く年寄「友綱」。その11代目は充実感をにじませる。
 初日を1週間後に控えた7日朝、東京都墨田区の友綱部屋。「左が遊んでいる」。上がり座敷の中央に座った友綱親方は、稽古中の弟子に向かって、相撲を取る際の効果的な左腕の使い方を見せながら、短い言葉で技術指導した。
 「60歳を過ぎると若い弟子を叱咤(しった)できなくなる。相手は孫のような年齢だからね。そうなったら指導者としては駄目。亡くなった北の湖さんに聞いたら『(若い弟子が)かわいそうだもんな』って同じことを言っていたよ」。柔和な笑顔で稽古を見つめた。
 ここ1年間は審判部に復帰し、副部長に就いた。最も印象に残っているのは先場所の千秋楽。左上腕付近を負傷しながら劇的な逆転優勝を遂げた横綱稀勢の里の相撲だ。
 「最後の務めで、大相撲史に残る一番を審判長として土俵下で見届けることができた。こんな幸せなことはないよ」。表彰式が始まる直前、待機場所の花道で八角理事長(元横綱北勝海)に感謝の言葉を伝えたという。
 友綱親方は定年退職に伴い、同部屋所属の大島親方(42)=元関脇旭天鵬=と年寄名跡を交換し、部屋の師匠を譲り渡す。自身は年寄「大島」となり、協会参与として業務に就く。
 「口やかましいと思われても、若い親方衆に対しては、これまで受け継がれてきた良き伝統を言い続けようと思う。最近、そういう存在が少なくなってきたからね」。相撲界の行く末を語る口調は、若い頃の師匠時代のように力がこもっていた。
▼「時代に合った部屋に」 継承の大島親方
 12代友綱として部屋を継承する大島親方は、友綱親方の魅力について「おとこ気がある。多くは語らないけれど、自分の考えがぶれない」と流ちょうな日本語で語った。
 大島親方は初のモンゴル出身力士で、現役中に日本国籍を取得。当時所属していた大島部屋の師匠が定年退職を迎えたため、同じ立浪一門の友綱部屋に他の力士らと移籍した。37歳の時、友綱部屋の力士として初の幕内優勝を遂げ、40歳まで関取を務めた。
 モンゴル出身で初の師匠となることに「友綱という名跡は長い歴史があって、俺が受け継いで大丈夫かなという不安があった」と率直な気持ちを吐露した。
 6月から始まる新たな友綱部屋に向けて「代替わりして駄目になったと言われたくないし。友綱部屋のイメージを崩さないように、でも、今の時代に合った相撲部屋をつくっていきたい」と抱負を語った。
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友綱隆登 本名西野政章。1952年6月、旧天間林村生まれ。65年秋場所、西野のしこ名で初土俵。73年秋場所、新十両(しこ名は西錦)。75年九州場所、新入幕(しこ名は魁輝)。79年夏場所、新小結。翌名古屋場所、新関脇。87年春場所限りで現役を引退、年寄「高島」を襲名。通算744勝790敗25休。敢闘賞1回。金星3個。89年5月、先代の師匠の定年退職に伴い、11代友綱として部屋を継承。2017年6月、65歳で日本相撲協会の定年退職を迎える。

東奥日報社

最終更新:5/14(日) 10:37

Web東奥