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B型肝炎と共に30年 石川ひとみさんが語る偏見との格闘

日刊ゲンダイDIGITAL 5/15(月) 9:26配信

「B型肝炎」は、咳やくしゃみでは感染しません。もちろん、握手などでうつるはずもないんですけど、当時はいろいろな誤解があってつらい思いもしました。

 今でも誤解されている人はいると思いますが、そこを嘆いていても何も解決しません。会えた人には「こういうことは大丈夫なんですよ」ってお話はしますけれど、周囲に不快な思いをさせず、病気とうまく共存していくことを考えるほうが必要なんですよね。

 私が慢性B型肝炎で入院したのは1987年、27歳のときでした。実はその1~2年前の血液検査で、B型肝炎のキャリアー(未発症のウイルス保有者)と知らされていました。経路は母子感染です。今はワクチンがあって母子感染は激減していますが、私が生まれた当時はまだなかったんです。

 キャリアーと診断した医師からは、「ケガをして血が出たときは、まず自分で血を拭ってください」といった血液の取り扱いに関する注意事項と、「定期的に血液検査に来てください」と言われた程度でした。治療は必要なく「普通に生活していい」とのことだったので、何も気に留めていませんでした。20代で元気でしたし、仕事も忙しかったので、その後、検査にも行かずじまいで……。

■「朝が来なければいいのに」と思うほど体がつらかった

 そしてある朝、激しい目まいで動けなくなったのです。初のミュージカル舞台を控えて連日稽古をしていた時で、疲れからくる目まいの治療として1泊入院しました。その際、血液検査をずいぶんやっていないことを思い出し、ついでに検査してもらったのです。するとすぐに「再検査」の知らせが来て、その結果、「このままの生活は難しいほど悪くなっているので、すぐに入院の手続きをしてください」と言われました。舞台初日まで約10日というタイミングでした。すぐに「はい」とは言えませんでしたが、「仕事が大事ですか? 命が大事ですか?」と医師に問われ、断腸の思いで舞台を諦めざるを得ませんでした。

 思い返せば稽古中から疲れが取れず、「朝が来なければいいのに」と思うほど体がつらかった。でも、「これが初ミュージカルのプレッシャーか」と思って、「弱いわ、こんなことじゃいけない!」と奮い立たせていたんです。ハードな稽古なのにお昼がきても食欲がなく、体力がどんどん落ちていっても「精神の弱さ」だと思い込んでいたんですよね。

 入院すると、移動はすべて車椅子。「いやいや、私歩けますけど」って思うのですが、体力を消耗することが厳禁とのことでした。治療は飲み薬と点滴と注射、そして安静。でも、全然退屈じゃなかった。やっぱり体がしんどいと安静が退屈には感じないんですね。痛みこそないものの、体が鉛のようなだるさでコップを持ち上げることも、物を食べるということすらつらく感じました。

■水泳教室で「子供にうつるからやめさせて」

 約40日間で退院した後は、1年間の自宅療養が義務付けられました。週1回、血液検査に通いながらのリハビリ生活です。たった10分の散歩から徐々に距離を延ばしていきました。

 そんなある日、街に出たら「あ、B型肝炎の人!」と呼ばれました。当時の私はよく病気のことを知らなくて「なんでかな?」と思った程度でしたが、また別のときに街中で囲まれて握手に応じていたら、ちょっと遠くから「この人、B型肝炎だからうつるよ、握手しない方がいいよ」と大きな声で言われたのです。目の前で握手をしようとしていた人はとっさに手を引っ込めました。「握手ではうつらないですよ」と笑顔で言いましたが、もう誰も聞く耳を持ちません。そのとき思い出したんです。医師に「いろいろあると思うけど……」と言われたことを。「こういうことか」と、そこで初めて気付きました。

 勇気を振り絞って新たなことにチャレンジしようと通い出した水泳教室でも、「子供にうつるから石川さんをやめさせてほしい」と父兄からお願いがあったと聞かされ、とてもショックでした。プールや温泉では絶対にうつらないんです。ただ、立場を逆にして考えたら、自分の子供を守りたい一心なので仕方ないかなとも思いました。

「もう立ち直れない」「もう涙も出ないよ」というくらい泣いたこともあります。でも半面、「私は堂々と生きなくちゃ」と思う“底力”も持つことができました。

 この病気は自己管理と症状が比例しないので、どれほど気を付けていても発症は予測できません。怖いですけど、腹をくくりました(笑い)。今は血液の数値も安定していて本当に普通の生活を送っています。肝臓治療の薬も一切飲んでいません。病気に振り回されるのではなく、病気よりも優位に立って、病気と共存していくことが大事かな。

▽いしかわ・ひとみ 1959年、愛知県生まれ。78年に歌手デビュー。81年「まちぶせ」が大ヒットし、NHK「紅白歌合戦」に出場する。活躍を広げる中、病気を発症し休業。復帰後に結婚し、活動を再開した。昨年、CDアルバム「ザ・ピーナッツトリビュート・ソングス」に参加。著書に「いっしょに泳ごうよ」がある。ライブ活動に加え、心と体の健康に関する講演活動も行っている。来年デビュー40周年を迎える。

最終更新:5/15(月) 9:26

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