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横綱に「アドバイスできない」“うっかり癖”の田子ノ浦親方 欠席届出し忘れで物議

夕刊フジ 5/15(月) 16:56配信

 【稀勢の里 3連覇を阻む壁】

 相撲部屋の師匠といえば親も同然、弟子は子も同然。45ある相撲部屋の師匠の中で最も影が薄いのが稀勢の里の師匠、田子ノ浦親方(40)=元幕内隆の鶴=だ。稀勢の里が横綱に昇進したときも「いいアドバイスもしてやれず、恥ずかしながら祈るだけだった」とわが身の指導力の無さを恥じていた。

 稀勢の里の真の師匠ともいうべき先代師匠(元横綱隆の里)は、この田子ノ浦親方をかわいがった。先代師匠が田子ノ浦親方に初めて出会ったのは平成3年12月の冬巡業のときだった。鶴の飛来地で有名な鹿児島県出水市巡業の先発だった先代師匠は、仕事の合間に鶴見物に出かけ、その帰り道に農家の人に「このあたりに体の大きな子はいませんか」と聞いた。

 「すると、いると言うじゃないですか。すぐ飛んでいきましたよ。結局その子は入門しませんでしたが、せっかく横綱が来たんだから何か話をしてくれと近くの中学校に案内されましてね。そこにもう1人体の大きな子がいたんです。しかも力士になってもいいと言うじゃないですか。それが隆の鶴ですよ。ただ、彼は足が悪くてね。自分もアキレス腱が悪く、東京に来たら治してやると言われて上京していますので、ああ、この子は昔のオレだと思いましたよ。だから彼には特別の思いがあるんです。東京に出発するとき、同級生から山のように花束や贈り物をもらっていました。みんなに慕われていたんです。この明るさや人のよさが、その後の足の治療に耐え幕内まで上がった原因です」と生前、先代師匠は話していた。

 根は善人。ただ、幕内生活が5場所だけで、最高位は西前頭8枚目。これでは天下の横綱にアドバイスはできない。しかもうっかり癖がある。今月3日の稽古総見のときも稀勢の里の欠席届を出し忘れ物議を醸した。このあたりが不仲説が生まれる原因の一つかもしれない。 (大見信昭)

最終更新:5/15(月) 17:05

夕刊フジ