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<福島首長に聞く>拠点施設で交流促進

河北新報 5/15(月) 13:46配信

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が、帰還困難区域を除く福島県内4町村でほぼ一斉に解除されてから1カ月が経過した。住民帰還などの現状をどう捉え、復興への歩みをどう進めるのか。4町村の首長に聞いた。

【地図】避難区域だった山木屋地区

◎原発被災地の行方(4完)川俣町 佐藤金正町長

 -東京電力福島第1原発事故に伴い福島県川俣町で唯一の避難区域だった山木屋地区の避難指示は3月31日に解除された。

 「解除直後、4月1日時点で『避難終了届け』を出したのは50世帯100人程度で、いずれも50~60代だ。地区全体の1割程度だが、自宅の修繕完了など時期を見て戻る意向の住民も一定数いる」

 -生活環境の再生は。

 「山木屋診療所を昨年10月に再開させた。利用者は1日平均2人程度。地区の有志らが診療所後援会を組織し、高齢者の送迎に協力している。買い物支援は週2回ほど、民間業者に巡回販売を依頼している」

<観葉植物を栽培>

 -農業再生も重要だ。

 「避難指示解除に合わせ、30~40代の若手生産者6人が農業法人『ヒュッテファーム』を設立した。将来、山木屋地区で飼料作物の栽培などに取り組む意欲を示している。町としてバックアップしたい」

 「新たな作物の栽培にも力を注ぐ。その一つが南米原産の観葉植物『アンスリウム』。原発事故直後から近畿大の指導を受け、町内で土を使わない方法による試験栽培を続けてきた。今後は国や県の支援を受け、専用のハウスを作る予定。山木屋地区のなりわい再生へのステップとしたい」

 -新たな施設整備は。

 「山木屋地区に7月、町が整備を進める復興拠点施設がオープンする。町直営の日用品店や食堂が入り、交流スペースもできる。交流人口拡大につなげたい」

 -山木屋地区を貫く国道114号が鍵を握る。

 「114号は福島市から川俣町、浜通りの浪江町を結ぶが、山木屋から先の浪江町へは通行止めが続いている。再開通すれば車の通行は増える。復興拠点施設の開業に合わせて通れるようになってほしい」

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最終更新:5/15(月) 14:06

河北新報