ここから本文です

SUBARUの航空機生産が劇的に効率化した理由

ITmedia エンタープライズ 5/15(月) 13:00配信

 「インプレッサ」や「フォレスター」といった人気車種を展開する国産自動車メーカー「SUBARU」。この5年で売上高を倍にするなど、業績面で快進撃を続けているが、そんな同社が、航空機の開発、生産を手掛けていることを知る人はあまり多くはない。

【画像】生産性が著しく下がっていた現場を変えたシステム

 JAXAや自衛隊、防衛省などから個別に案件を受注し、1機あたり1万点超える部品を管理しながら、設計とテストを繰り返す。そんな複雑すぎる業務フローに混乱する現場をどうにかしようと、立ち上がった人がいた。SUBARU 航空宇宙カンパニー 情報システム部 次長の野中剛志さんだ。

 もともとは生産計画を行う部門にいたという野中さんだが、あまりにも情報が整理、共有できておらず、生産性が著しく下がっている現場の現状を見て、改革に向けたプロジェクトを立ち上げた。ここには、航空機開発特有の事情があるのだという。

●開発と量産が同時並行で行われる航空機開発の現場

 試作を経て設計が決まってしまえば、一気に大量生産へと進む自動車とは異なり、少量生産になりやすい航空機は、開発と量産の境目が曖昧になり、設計図が次々と変わっていくと野中さんは話す。

 「私も10年くらい前には、防衛省関係のプロジェクトに関わっていました。航空機の開発は5年や6年といった、非常に長いスパンで行われますが、その工程は予定よりも大体遅れてしまうんです。テストの結果、ある部分が強度不足だったと分かれば、全体の設計を見直しますし、それに伴って必要な部品も変わります。情報が絶えず変化するので、何がどう遅れているのか、どの程度遅れているのか、何か手を打たないといけないのか、といったことを定量的に把握するのが難しいのです」(野中さん)

 絶えず状況が変化するうえ、情報が部署ごとにバラバラに散らばっており、情報伝達がうまくいかないことも大きな問題だった。例えば、資材部が設計情報を元に部品を発注したのに、部品が届くころには設計情報が更新されていて、必要な部品が変わっていた――。こんなトラブルが起きるのは日常茶飯事で、生産性が下がるだけではなく、部署間のコミュニケーションも険悪なムードになってしまっていた。

 そんな状況を見かねた野中さんが、開発情報の一元化に取り組み始めたのは2008年のこと。設計情報や部品の一覧表、それにひもづく調達状況や日程、コストといったさまざまな情報をRDBでつなぎ合わせたのだ。Accessで作ったそのシステムを「一元君」と名付けて公開したところ、部門間のトラブルは目に見えて減ったという。

 この成果をもとに、工場内で量産体制に入っている機種や部品についても、同様に管理しようとしたところ、早晩大きなカベにぶつかってしまった。

 「航空機は息が長く、40年前に開発した飛行機でも現役で飛んでいますし、生産し続けているものもあります。ボーイング767だったり、777だったり、自衛隊のヘリコプターだったり……比較的新しい787まで、さまざまな機種が合わさるとレコードが百万単位になってしまい、データサイズが膨らんでAccessで扱いきれない量になってしまったんです」(野中さん)

 その解決策として出てきたのがBIだった。ERPシステムの導入時から付き合いのあるベンダーに相談したところ、BIを勧められたのがきっかけだ。さまざまな製品を検討したが、手軽さやライセンス形態などを考慮した結果、クリックテックの「QlikView」を導入するに至った。

 「実は別のBIツールを導入する直前までいっていたんですが、テスト導入をしたときにデータモデルを提示する部分でてこずっていました。QlikViewはデータモデルの設計などをすっ飛ばして集計結果を出すことができ、ツールの見た目も良かったのが印象に残っています。扱うレコード数でライセンス形態が決まる製品もありますが、QlikViewはユーザー数で決まります。弊社の場合、今後航空機の機種が増えることを想定すると、後者の方が価格を抑えられると考えました」(野中さん)

 野中さんのこだわりで、データの閲覧については工場の従業員全員ができる体制にし、データ作成や編集を行うのは20人程度と想定してアカウントを購入した。簡易的なデータベースを作成できるというメリットもあったため、業務改革プロジェクトの予算でシステムを構築できたという。そして、稼働用のサーバと合わせてQlikViewを2013年の10月に発注。年内には稼働を開始したそうだ。

●非公式組織「ICTリーダー会」を発足

 BIツールを導入した後に野中さんが行ったのは「パワーユーザー探し」だ。業務部門でも扱えるとはいえ、誰もがすぐに使えるようになるわけではない。そこで野中さんが目を付けたのが社内の“有名人”だ。

 「私たちの文化として、良くも悪くもExcelで何でもやってしまうというものがあります。ExcelのマクロとかSQLとかAccessで何とか業務を回していく。ERPのデータ自体は取得できるので、それを使って業務ツールを自作する人が各部署にいたんです。そういう人たちを“有名人”と呼んでいました。まずは彼らに声をかけ、QlikViewの講習を受けてもらいました」(野中さん)

 彼らはExcelのマクロで夜中じゅう計算させたり、Accessで8時間ずっとクエリを回していたりとさまざまな苦労を味わっている。SQLを普段から扱っていることもあって、少し知識を与えれば、あっという間にQlikViewの使い方を習得したという。そんなパワーユーザーを集め、野中さんは非公認の組織「ICTリーダー会」を発足させた。

 ICTリーダー会では月に一度、QlikViewのノウハウや自作ツールを紹介したり、悩みを相談したりするミーティングを開催している。野中さんが“有名人”に声をかけて回ったところ、各部署から計15人ほどが集まった。10代から50代、新入社員から部長まで、老若男女が参加する非公式な組織で「来る者拒まず、去る者追わず」がコンセプトだ。業務が忙しければ出席しなくていいし、逆にQlikViewに興味があれば、誰でも参加できる。

 「定年退職した有名人の“技”を受け継ぐ新人がいたりと本当に面白い組織ですよ。最近の会議で紹介されたのは、現場の作業工数を確認するツールですね。弊社では、従業員の作業時間を確認するのにタイムスタンプを使っていますが、全作業者のデータ入力や、上長の承認状況を見える化し、もれなくフォローするためのものです」(野中さん)

 このような業務に直結した可視化ツールなどを各自作成しており、その数は約700個ある。全社的なメリットがあるようなツールについては、ICTリーダー会で協議の上、社内ポータルから簡単にアクセスできる「公式ツール」になるという。現在では70個ほどが公式ツールに選ばれている。改善やアップデートの要望がある場合は、ツールの作成者に直接連絡をする仕組みだ。

 ポータルトップには、ツールの利用回数のランキングを表示しており、利用頻度が高いツールは一目で分かるようになっている。上位のツールは、業務になくてはならない存在になっており、それがツール作成者のモチベーションにつながっているそうだ。

●納期順守率を「強制可視化」、パートナー企業の意識が変わる

 QlikViewを導入してから、「現場業務の改善事例が増えた」と野中さんは話す。航空宇宙カンパニーで行われている改善事例の発表会では、毎回どこかの部署からQlickViewを使った事例が出てくるようになった。今ではパワーユーザー用のアカウント数も買い足しているという。

 実際に大きな効果を上げているのが部品の納期だ。部品を供給するパートナー企業の納期順守率を可視化し、資材担当部署の入口に設置しているディスプレイにランキング形式で表示するようにした。導入前は平均で6割程度だった順守率が、今では8割を超えているそうだ。

 「やっていること自体は、情報をまとめて見せているだけに過ぎませんが、それでも大きな効果があると感じました。パートナー企業も含めて情報を共有していくことで、よりよい結果に向かって進めるのだと思っています」(野中さん)

●分析よりも「可視化」の方が効果が高い

 ビッグデータを分析するというよりも、身近な業務のデータを可視化することで効率化やビジネス支援につなげる。これが同社のセルフサービスBI活用法だ。こちらの方がビジネス的なインパクトが大きいと野中さんは話す。

 「確かに将来予測などの分析は、できないよりはできた方がいいですし、今後もそれを否定するつもりはありません。しかし、弊社のような受注生産型の工場では、それ以前に情報が見えないことで右往左往したり、生産性が下がっていたりしているケースが非常に多い。高度な分析よりも単純な可視化の方が恩恵を受ける人が多く、投資効果が高いんです」(野中さん)

 無理に普及させようとしない、というのも大きな学びの1つという。ニーズがない人にスキルを教えようとしたところで、結局は使わないため成果につながらない。社内講習会を頼まれたりしたこともあったが、ニーズがなければ「ふーん」で結局終わってしまう。そのため、出席者に対して、仕事上困っている課題やそれにまつわるデータを持ってくるように依頼しているそうだ。

 「本当に困っている人はすぐに成果が出るので、こんなことができるようになったって周りに言うじゃないですか。そうすると『じゃあ俺もやってみようかな』と次の動きにつながるわけです。その小さな成功体験を積み上げていくのが、挫折しないコツかなと思っています」(野中さん)

●業務部門とIT部門を飛び越える視点

 今は情報システム部の次長だが、生産計画部門から移ってきた野中さんは“IT畑”の出身ではない。業務部門とIT部門、両者を経験しているからこそ見える視点があるという。

 「情報システム部門の中だけでは、現場のニーズは見えにくいです。『こういうことで困ってる』と言われたときに分からない、想像ができないですね。現場仕事で苦労した経験があってこそ、道具としてITが使えるというところはあります。情報システム部門の管理者になって気付いたのは、部門は違えど、みんな似たようなことで苦しんでいて、似たようなツールを作って解決しようとしている事例が実に多いということ。

 こんなツールが欲しいんです、と言われたときに『それはQlikViewで解決できるんじゃない?』と返せるようになりました。ユーザー部門にいるとニーズが見える。情報システム部門にいると会社全体を俯瞰できる。両者のメリットがあるので今は非常にやりやすいですね。1つの事例を水平展開したり標準化することで、無駄なIT投資を抑えられると感じています」(野中さん)

 野中さんのように、業務部門からIT部門に移ってくるケースは少ないが、徐々に増えてきており、IT部門全体の意識も変わりつつあるそうだ。セキュリティや予算管理など、ユーザー部門にとって“ブレーキ役”だった部署が、ビジネス支援の投資を積極的に行う組織になりつつある。

 「元から情報システム部門にいた人はコストの計算に強く、リターンの計算が強いのは現場経験がある人ということかもしれないですね。両者の融合が進めば、さらにさまざまな価値を生み出せると思います」(野中さん)

 セルフサービスBIを単にデータ分析のツールとして使うだけではなく、業務改革のプラットフォームと運用しているSUBARU。業務部門とIT部門の連携という面でも、参考になる部分は多いのではないだろうか。

最終更新:5/15(月) 13:09

ITmedia エンタープライズ