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名門・興国を42年ぶり甲子園に!プロ注・植田「僕たちが新しい歴史をつくりたい」

スポーツ報知 5/15(月) 11:03配信

 1968年、第50回記念大会の夏の甲子園を制した興国(大阪)に、古豪復活の気配が漂っている。エースで中心打者の植田健人投手(3年)はプロも注目する逸材だ。投げて、打って、そして“走る”ことにも意識が高い。かつての大阪「私学7強」の一角が、大黒柱の植田を擁して、75年夏以来、42年ぶりの夢の舞台を目指す。

 先輩たちの偉業は、知っている。「でも、僕たちが新しい歴史をつくりたいんです」。植田は投げては140キロを超える速球、5種類の多彩な変化球。打っては主軸で高校通算11発。そして、「次の打者が打ちやすいように動いて、貢献したい」と走塁への意識も高い。その能力、野球に対する姿勢が、プロから熱視線を浴びる。

 一昨年秋に就任した田中英樹監督(57)は村野工(兵庫)で監督、部長を務め、快速左腕・安達智次郎さん(元阪神、昨年1月死去)を擁した1991年夏、92年春の甲子園に導いた。法大助監督なども務めた指揮官が「まずこの子を中心にチームをつくろう」と植田に英才教育を施してきた。

 昨年12月、履正社のドラフト1位候補、安田尚憲三塁手(3年)らとともに、大阪府選抜に選ばれた。打者として評価され、台湾遠征では5番で8打数4安打4打点の活躍を見せた。

 冬は、練習中でも食べることを意識。身長は2センチ伸び、体重は5キロ増えた。春の府大会初戦(浪速戦、6―5)は、9回の土壇場で同点アーチを放つなど、打球に力強さが増した。一方「同じ感じで投げて(打たれていた球が)ファウルになる」と球威アップも実感。春は5回戦で上宮太子に敗れた(1―3)ものの、7回途中に登板して無失点。5月の履正社との練習試合(2―7)では、安田から三振を奪うなど、中軸を完全に抑えた。

 最後の夏は、マウンドでの活躍が第一。新たにタテの変化球習得を考える。「打線がリズムに乗るために、27球で終わらせるくらいのピッチングをしたい」。センバツ優勝の大阪桐蔭、同準優勝の履正社などのV候補を、古豪・興国が脅かす。(山本 剛士)

 ◆植田 健人(うえだ・けんと)1999年10月21日、奈良・生駒郡平群町生まれ。17歳。小学3年から軟式野球を始め、中学時代は硬式の生駒中央ボーイズで投手。興国では1年夏からベンチ入りし、同年秋に背番号1。2年夏は背番号9となったが、同年秋に再びエースに。家族は両親と姉2人。巨人ファンで、目標は菅野。「登板する時はできる限りテレビを見ています。配球の勉強になります」。遠投100メートル。50メートル走は6秒3。180センチ、76キロ。右投左打。

最終更新:5/15(月) 11:03

スポーツ報知

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