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OKUMURAの手術が成功「アレナメヒコと日本のリングで元気な姿を」

スポーツナビ 5/15(月) 10:57配信

 メキシコCMLLの日本人レスラー・OKUMURAが3月、練習中のケガで緊急帰国。「頚椎脱臼骨折」と判明し、4月に日本で手術を行った。長時間に及ぶ手術は無事に成功し、現在はリング復帰に向けリハビリも開始している。

 今回はOKUMURA選手に手術の内容や術後の様子、そして復帰への思いを聞いた。

――OKUMURA選手は練習中の事故により、頸椎を負傷し、治療のために日本に帰国されていたわけですが、手術したのはいつでしたか?

 4月18日に手術をしました。7時間強にも及ぶ、非常に長い手術だったようですが、無事終わりました。新日本プロレスの三澤(威)先生のご紹介で、首の治療の名医に診ていただいて、三澤先生にも感謝の気持ちでいっぱいです。

――手術自体は腰の骨を首へ移植する方法を取られたそうですね。

 僕は2008年6月にアレナメヒコの試合で右の鎖骨を折った時に、右の腰骨を移植して鎖骨に入れているんですけど、今回は左の腰骨を移植して、両方の軟骨を取ってしまいました。全然名誉なことではないですが(笑)。

――手術はどのような方法で行われたのですか。

 まず、首の表側を開けて、メスを入れて、のど仏を動かしてずらして、中に腰の骨を入れたそうです。それと歪んでいた頸椎の骨を削って。それからうつ伏せになって、首の後ろにメスを入れて。インプラントは表も裏もしたわけです。亜脱臼の部分は、持ち上げてプレートを入れたそうです。最後にワイヤーを入れまして。

――メスを入れたのは首の表と裏、2カ所だったんですね。

 腰骨を入れると3カ所ですね。その日、手術が終わって、ICUで麻酔から目が覚めたその瞬間、もう痛くて、体の向きを変えることもできず、ひたすら天井を見続けることしかない状態でした。それで翌19日、CTを撮った後、主治医から問題ないということで、一般病棟に移ったんですが、やっぱり動けず、ごはんも自力で食べられず、看護師に食べさせてもらっていました。
 それでリハビリをその日から始める予定だったんですが、立ち上がったときは目まいもして、トイレも自力で帰って来れないくらいだったんで、車椅子で部屋に帰って来ましたね。手術から2日後の20日からリハビリテーションに行ってリハビリを開始しました。それから少しづつ、日に日によくなっていき、4月終わりからトレーニングを開始することができました。

――すごく早いスピードでトレーニングが開始できたんですね。

 そうなんです。すごいなと思ったのは18日に手術して、4月の終わりには散歩からですけど、トレーニングを開始し始めたんです。現代医学のすごさ、人間の回復力のすごさは我が身のことながら驚きを隠せないですね。

――リハビリ自体も車椅子とはいえ、手術の翌々日から始めることができたんですね。

 でも、リハビリを始めたときは、まだオムツでしたから。手術したときのままの服で、そのときはまだお風呂も入れず、寝返りもうてない状態でした。それでベッドからリハビリ室まで担架で運ばれ、リハビリをし、また終わったら担架でベッドに戻るという、そういうところから始めたんです。

――それで日が経つごとに経過がよくなっていったと。いまはどんなトレーニングをしていますか?

 首は完全固定ですが、首から下を中心に、カーディオ(有酸素運動)をやって、ヒンズースクワットもやって。腹筋は普通の腹筋だと首に負担があるからできないので、足上げ腹筋をやったり。でもこの2カ月以上、まったく体を動かしていなかったので、いまこうやって体を動かすことができる自分がうれしいですね。

――今は後遺症のようなものは出てきたりしていますか?

 右手に痺れがありますね。親指と人差し指の痺れが残っているので、まだ箸を持てないです。これから時間をかけて治ってほしいなという気持ちはありますが、首のほうは順調ですね。首の骨が引っ付けば復帰ができるだろうと言われているので、いまは早く引っ付くようにサプリメントを取り、魚を食べ、牛乳を飲んでいます。

――実際、首の骨が引っ付くまでにはどれくらいの時間がかかるのでしょうか?

 この手術をした場合、半年後に骨がくっついている人は2割くらいだろうと言われました。でも、プロレスラーというのは得てして、体に変な骨ができたりしてすぐにくっついたりすると。だから僕の場合も、すぐに引っ付くんじゃないかと思ってはいるんですが。でも、1年2年と時間をかけないで、ちょっとでも早く引っ付くように努力します。

――では復帰のメドは来年中くらいに考えているのでしょうか?

 いや、今年中に復帰したいですね。4月に手術したので、12月に復帰しても8カ月、ケガを2月にしたのでそこから計算しても10カ月。やっぱり早く復帰したい気持ちはあります。

――年内だと1年以内の復帰になりますね。

 でも、こうなってしまったものは仕方ないから、今この期間は体のメンテナンスの時間かなって思うようにしてます。今までこの仕事を長い事、23年もやってきたから、膝が悪かったり、あちこち悪いところがいっぱいあって。それをケアする時間にあてたり、今にしかできないことをしようと思っています。もしかしたらこの期間は、いろいろなことを考えることができる神のお告げかなって。今までは例えばメキシコシティを夜中の1時に出て飛行機に乗って、その日の朝ニューヨークに着いて、試合をして、泊まらないで、そのまま空港に行ってトンボ返りして、家に着いて荷物をチェンジして、空港に戻ってメキシコと米国との国境のシウダーフアレスというところに行って試合してまた帰ってきて……というムチャクチャなスケジュールをしたりもしていたので。そう思えば、今は時間があることをいい風に思わなきゃって思っています。

――では今後のスケジュールはどうなるのでしょうか?

 5月18日で手術して1カ月なので、そこで1カ月検診をして、問題がなければメキシコに帰ります。それで向こうの病院でレントゲンやCTを取って、毎月、メールを送らせていただいて、主治医の先生に診てもらいます。それで術後の半年後を目途に、また日本へ戻って経過を診てもらいに来ます。もしかしたら、その半年後よりも前に骨が引っ付くかもしれない。その場合はもう少し早く日本へ来ることになるかもしれない。プロレスラーだから、何が起こるか分からない。そう、プラスに考えていこうかなと思っています。

――話を聞いてると、すごく前向きに今の経過を捉えていますね。

 今回のことで日本に来る前、CMLLの選手たちから心配してもらったり、いろいろ励ましてもらったりもしましたが、引退勧告をされていたことは一部の人にしか言ってなかったので、実際は、一縷(いちる)の望みで、悲壮感が漂って日本に来たという状況でした。どうしても気持ち的に明るくなれなかった自分がいたんですけど、こっちに来たおかげで復帰できる道ができたことは良かったと思うし、この判断で良かったなと改めて感じています。

――分かりました。では最後に復帰後の目標を聞かせてください。

 まずCMLLのリング、ルチャリブレの殿堂であるアレナメヒコに復帰したい。もちろん僕は日本人なので、日本のリングで元気な姿も見せたい。それが今の僕の2大目標です。今回の件に関してCMLLには本当に感謝しているので、復帰することが会社への恩返しだと思う。そして復帰するからには、「こいつ危なっかしいなあ」とか、「またケガするんじゃないか」という、同情を買うような選手にはなりたくないので、今までやってきたことが当たり前にできるようになって戻りたいと思います。
 そしてこの度、僕を診ていただいた主治医の先生には本当に感謝しているし、復帰して元気な試合を見せることが、一番喜んで頂けることだと思うので、そのために一生懸命復帰に向けて、努力したいと思います。

(取材・文:泉井弘之介)

最終更新:5/15(月) 10:57

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