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【各紙論調比較】読売、諫早湾開門せずを支持 朝、毎、東京は開門求める

ニュースソクラ 5/15(月) 18:00配信

共通するのは「止まらない巨大公共事業」批判

 2500億円以上を投じた国営諫早湾干拓事業(長崎県)を巡り、潮受け堤防の排水門を開けるか否かの対立構図が新たな局面を迎えている。開門を命じた確定判決(2010年、福岡高裁)がある一方、この4月に長崎地裁が開門差し止め判決を言い渡し、国がこれを受け入れる考えを示したのだ。だが、開門派の佐賀県の漁業関係者らは国の方針転換に強く反発しており、こじれにこじれた糸を解きほぐすのは容易でない。

 経緯は大まかに振り返ると、諫早湾干拓は1950年代に食糧難対策の大型公共工事として構想され、減反など状況変化で必要性が低下したにもかかわらず、事業は当初計画を縮小しつつ、企業誘致や防災なども目的に加えながら継続され、1989年着工、全長7キロの潮受け堤防の水門が1997年4月に閉じられた際は「ギロチン」とも形容され、2007年11月に完工し、農業者が入植した。

 水門閉鎖後の海苔の色落ちなど深刻な漁業被害は干潟の浄化作用が機能しなくなったためとして、2002年に佐賀県の有明海沿岸の漁業者らが工事中止を求めて佐賀地裁に提訴。2004年に被害と事業の因果関係を認め、調査目的で5年間の水門開放を命じる一審判決が出され、2010年に福岡高裁が一審を支持。民主党政権の菅直人首相(当時)は上告しないことを決断し、判決が確定した。

 一方、開門すると汚染された調整池のヘドロの流出などによる漁業被害、農地への塩害などが懸念されるとして長崎県諫早市側の干拓地の入植者らが2011年4月、国に開門差し止めを求め長崎地方裁判所に提訴し、今回、開門差し止め判決が出た。

 同事業は、一度決めたら状況が変化しても止まらない公共事業の悪しき代表例とされた。無駄な公共事業批判に乗って民主党政権が成立したという大きな世論のうねりが、福岡高裁判決の確定という事態を呼んだといえる。

 一方、漁業者の間でも被害を受けた主に佐賀県側と、その他で利害が対立し、入植した農業者は開門による塩害を死活問題ととらえ、「無駄な事業」の一言では済まない既成事実が積み上がっていることで、利害関係の調整が極めて難しくなっている現実もある。自民党の政権復帰を受け、開門調査の福岡高裁確定判決がありながら、国は開門回避に舵を切り、今回、控訴を断念した。

 同訴訟の補助参加人だった開門派の漁業者側が福岡高裁への控訴の手続きを取ったので、裁判の当事者として認められれば控訴審が続くことになるが、開門しないという国の姿勢は明確になった。最高裁に統一的判断を求めるとしてきた従来方針を転換したわけだ。

 ただ、国が開門の実施、差し止めの矛盾する2つの司法判断の板挟みになっていることは変わらない。開門しない国に佐賀県の漁業者らは制裁金を求め、2014年6月以降、1日49万円(後に45万円に減額)を国は支払っており、累計8億円に達する。一方、長崎地裁は今回の判決に先立って開門を差し止める仮処分決定をし、開門した場合には営農者に1日49万円を支払うように命じている。

 国は長崎地裁の審理過程で、和解案として、開門しない代わりに100億円の漁業振興基金を設ける案を提示した。佐賀県の漁業者の反対で和解に至らなかったが、今後、この考えを軸に、改めて和解を目指すことになるとみられる。

 判決に前後して朝日、毎日、読売、東京がこの問題を社説で取り上げている。基本認識として、ここまで事態をこじらせた国の責任、とりわけ、一度決めたら止められないことへの批判は、明示的に書いているか否かは別として、根底では各紙、共通するところ。

 <戦後の食糧難がまだ続く一九五二年に構想されて、世紀をまたいだ二〇〇八年に完了を見た国営諫早湾干拓事業。国策は時代の変化に適応できず、完成だけを目的とする、典型的な“止まらない”巨大公共事業と化した>(東京、4月17日)といった指摘だ。

 ただ、時を重ね、関係者の利害が複雑に絡み合っているだけに、解決の難しさもまた、共通認識。読売(18日)は<対立の解消が見えないまま、公金を支出し続ける事態には終止符を打つべきだ。……長崎地裁での和解協議が、最終的に決裂し、今回の判決に至ったことは、残念である>、東京(21日)も<長い訴訟合戦で明らかになったのは、裁判では解決できない問題なのだということだ>と嘆き、毎日は政府に対して<関係者が折り合える点を模索するうえでも、これまでにない発想での決断が求められる>、朝日(18日)も<国が何よりとり組むべきは、漁業者と営農者の双方が折り合える解決策を粘り強く探ること>と、責任を持った対応を求める。

 ただ、具体的解決策の方向性では、ここにきて真っ向割れた。読売は<佐賀以外は「開門を棚上げしてでも、有明海再生を優先したい」などと、和解案を受け入れる姿勢を見せた。膠着状態が続いたこれまでの経緯を考えれば、大きな前進である。……国が開門しない姿勢を貫くのであれば、いかに有明海の再生事業に取り組むかが、解決へのカギとなろう。漁業者側の信頼を得る一層の努力が欠かせない>と、条件付きながら、国の方針転換を支持する姿勢を示した。ちなみに、読売は国の制裁金支払いが決まった2014年6月21日の社説では「干拓地の営農に大きな悪影響を及ぼさないような開門調査の方法や、被害が生じた場合の補償のあり方などについて、具体的に提案することが重要だ>と、開門を当然の前提とした論調だったから、今回、政府に歩調を合わせて「開門しない」方向に転換した格好だ。

 これに対して3紙は、そろって開門を前提にした解決策を求めている。東京は<政府がまず国策の不備を認めて、対話のテーブルに戻るよう誠意を尽くして双方を説得し、利水や防災に配慮した、農業も持続可能な開門の在り方を模索するしか道はない。漁業、農業、そして地域をこれ以上疲弊させてはならない>と指摘、朝日は<かつての「豊穣の海」を取りもどすには、やはり開門して調べるしかないのではないか。営農者を抱える長崎県も、開門に反対するだけでなく、ともに調整にあたる姿勢を見せてほしい。こじれた感情を解きほぐすのは容易ではないが、その営みなくして問題の解決はない>、毎日も<排水門を5年間開いて環境への影響を調査するように命じた判決が確定している以上、「開門しない」を前提にした案は道理にあわない。専門的な知識を得て、塩害を抑えて影響を最小限にとどめる開門方法を見いだす努力が不可欠である>と訴える。

 こうした論調の違いの根底には、自民党・安倍晋三政権支持が目立つ読売と、たびたび批判、苦言を呈する3紙という基本スタンスの違いとともに、この問題の経緯への理解の違いがある。

 読売は、民主党政権の上告断念による高裁の開門判決確定に対し<菅首相は長崎県に相談もなく上告を断念した。国策の干拓事業に対する長年の協力を裏切られた長崎県が、国に根強い不信感を抱くのも無理はない>(2014年の社説)、<上告して、下級審に強い影響力を持つ最高裁の判例が示されていれば、長期の混乱を招くことはなかったのではないか>(今回の社説)という批判的な見方がある。

 一方、3紙は<堤防建設の正しさに固執し開門したくない国は、長崎地裁の審理で十分に反論せず、わざと敗訴に持ち込むような姿勢だった>(毎日)、<干拓により漁業被害が出ていることを、今回の裁判で国が正面から主張しなかった……高裁の確定判決があるので口では「開門義務を負う」と言いつつ、本音ではそうさせないように、つまり……国が進めてきた公共事業が失敗だったことが明らかにならないように立ち振る舞う>(朝日)など、主に自民党政権の対応の問題点を重く見ている。

長谷川 量一 (ジャーナリスト)

最終更新:5/15(月) 18:00

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