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【あの時・なんばグランド花月の30年】(1)転んでもただでは起きない吉本精神

スポーツ報知 5/15(月) 15:00配信

 大阪・中央区千日前の「なんばグランド花月」(NGK)が、11月に創立30周年を迎える。落語から漫才、新喜劇まで、大阪のお笑い、ひいては日本のお笑い文化をリードしてきた「笑いの殿堂」は、劇場を愛する芸人とお笑い好きの人々に支えられ、今もなお吉本興業の旗艦劇場として君臨する。NGKはどのようにしてつくられ、今の中心的存在を守ってきたのか。そこには、吉本興業の笑いにかける情熱が根づいていた。

 1987年11月1日、ボウリング場だった「ボウル吉本」の跡地を利用した4階建ての白いビル、吉本会館が完成した。その目玉が「なんばグランド花月」。877席(のち858席)の大劇場は、現在まで大阪の笑いを支える一大拠点である。オープンを伝える報知新聞には「徹夜組を含め開演前にはズラリと長蛇の列。午後になっても立ち見客があふれ、お盆並みの初日となった」とある。

 同会館内にはテレビスタジオや、明石家さんまが「銭でっせ」をもじって命名したディスコ「Desse Jenny(デッセ・ジェニー)」、近畿日本ツーリストと提携した旅行代理店「よしもとツアーズ」と、娯楽に関わるあらゆるものが詰め込まれていた。吉本興業会長の林正之助は、同日発行の「マンスリーよしもと臨時増刊号」の中で「夢のような話ではありますが、吉本会館発の文化情報が世界の街に届くよう―」とつづっている。

 こけら落とし公演で横山やすしと漫才を披露した西川きよしは「お茶づけでええのに、すごいごちそうを出された気分。自分の会社ながら、驚くべきパワーですよ」と感嘆。夜の部では「NGKシアター」と名前を変え、本場仕込みのダンスミュージカル「アメリカン・バラエティ・バン!」を上演した。大型映像装置「ジャンボトロン」やレーザー光線を駆使した最新鋭の演出。いわゆる「お笑いの吉本」とはかけ離れたジャンルの演目だが、これには、かつての“勝算”が影響していた。

 遡ること半世紀余り。吉本興業は34年に東京・有楽町の日本劇場に米ニューヨークの劇団「マーカス・ショー」を招いた。一団の中には、無名だったのちの名優、ダニー・ケイも在籍。人々は初めて見る本場のショーに魅了され、大成功を収めた。

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最終更新:5/15(月) 15:00

スポーツ報知