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破産危機逃れ、義兄鮎川義介に事業託す 日立を核に日産築く 久原房之助(下)

THE PAGE 5/19(金) 15:40配信 有料

 日立、JXホールディングスの礎を築いた実業家、久原房之助(くはらふさのすけ)は、小坂鉱山の再建事業に成功を機に、鉱山事業に次々と着手していきました。攻め進む久原は、ついには貿易業にも参入します。時は欧州大戦下、久原はどんな作戦に打って出たのでしょうか? 最盛期の久原の投資行動と政界進出までを市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。 


  貿易業に参入 「プラチナ高い」の暗号は「買いから売りへ」

 久原の巨大煙突は正解だった。煙害は激減した。そしてもう一つの狙いは精錬能力の乏しい地方鉱山や海外鉱山から鉱石を買い取る(買脈)ことであったが、ズバリ的中し生産量は倍増することとなる。

 こうした煙突効果もあって久原鉱業の株は2割、3割の高率配当が出るため“国宝株”と評判をとる。資本金1000万円で発足し、増資に次ぐ増資でわずか5年で7500万円に膨れ上がる。

 大正7年には久原商事を旗揚げ、貿易業に参入する。まさに得手に帆を揚げて疾駆する図である。攻めダルマとなって買い進む久原にとって最大の敵は「欧州大戦休戦」の報だ。久原はパリ支店主任として赴任する倉林賢造に対し、厳命を下した。

 「大戦集結の兆しが出たらすぐ知らせろ」

 休戦となれば基本姿勢を「買いから売り」へ180度転換しなければならない。その暗号は「プラチナ高い」でいくぞと打ち合わせてあった。そして久原は外遊に出る。

 1918(大正7)年9月24日、倉林はパリの大使館である武官から「ドイツの休戦申し入れが近い」との情報をつかんだ。早速、本社へ「プラチナ高い」と電報を打つ。ところが、それを受け取った社員は意味不明のまま引き出しにしまい込んでしまった。本文:4,055文字 この記事の続きをお読みいただくには、THE PAGE プラスの購入が必要です。

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最終更新:5/25(木) 6:10

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