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竹原慎二氏、村田には「運」がある…必勝エール「じゃんじゃん手を出せ」

5/16(火) 5:00配信

デイリースポーツ

 「ボクシング・WBA世界ミドル級王座決定戦」(20日、有明コロシアム)

 1995年にWBA世界ミドル級王者ホルヘ・カストロ(アルゼンチン)に初挑戦し、判定勝ちで王座を獲得した竹原慎二氏(45)=竹原&畑山ジム会長=。日本人ただ1人の世界同級王者が、世界初挑戦の村田諒太(31)=帝拳=に必勝エールを送り、当時の自分自身の挑戦を振り返った。

 <村田の勝利のポイント>

 一番は相手のスピードを殺すようにボディーでプレッシャーをかけながら追い詰めて、じゃんじゃん手を出すことでしょうね。彼はスピードはないにしても、ディフェンスがしっかりしていて有効打をもらわないので、相手にとってやりにくいタイプですよ。

 デビューのころは正直、スタミナ、かけひきがまだまだだなと思った。(当時、東洋太平洋王者の)柴田明雄(ワタナベ)には勝つ実力はあると思ったけど、とにかくロボットみたいに体が硬かった。その辺りは試合を重ねるにつれてだんだん良くなってきたかな。

 運を持っている。ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)やダニエル・ジェイコブス(米国)が相手だったら勝てる可能性はかなり低いし、日本開催にもってこられた。

 山中慎介(帝拳)、井上尚弥(大橋)、内山高志(ワタナベ)のような天才は少々運が悪くても実力だけで世界王者になれたのでしょうが、ミドル級は実力だけでは難しい。タイミングやその時のチャンピオンとか、実力とともに運も絶対に大事。村田君には運があると思います。

 <自身は3回流れた末の世界戦だった>

 それにしても22年前ですかね。懐かしいなあと思いますね。ミドルは難しい階級で、やる前には「人間が月に行くくらい難しい階級」と言われた。自分はプロになった時はガキの勘違いで、将来の夢を聞かれて「世界チャンピオンになりたいです」なんて言っていましたよ。ふたを開けたら絶対に無理じゃん、と。

 それでも新人王、日本チャンピオン、東洋チャンピオンとなってアメリカに行かせてもらった。結構でかいのとスパーリングをすると、若干向こうが強いけど大して差はない。倒されるわけでもないし、こっちのパンチも当たるし。何だ、絶対はないんだな、と思いました

 この階級は世界戦を組むのが難しくて、決まりかけては3回くらい流れた。ジュニアミドル(現スーパーウエルター級)でも話がきて、やりたかったんですけどダメになって。会場を抑えたのにダメだったとか。モチベーションが落ちますよね。でもカストロが(レジー)ジョンソンに勝ったらできるぞ、という約束になって運よく世界戦が決まった。

 <期待感ゼロの挑戦者>

 「どうせ、勝てないだろう」という回りの声は入りますよ。うちの両親は広島で商売やってたんですけど、わざわざメシ食いに来て「絶対無理だ」といやみを言う客もいた。おやじが「なったらどうするんだ!」とその客ととっくみあいになりそうになったとか、兄貴から聞いて悔しい思いをしました。でも結局、証明するには勝つしかない。そういうのをバネにかえられた。もともと負けん気は強かったですしね。

 僕の場合は世界戦に上がるにつれてだんだん実力も上がってきたんです。ちょうどカストロ戦の前までに技術も精神面も上がってきた。(キャリア)ベストだったと思います。モチベーション、気持ちが乗っていたので、気持ちが強ければ少々のことはクリアできると思っていました。

 <初ダウンから生まれた必殺左ボディー>

 チャンピオンのカストロはスピードがなくて馬力と手数で来るタイプ。打たれたら打ち返さないとダメだな。アウトボクシングしたら絶対に捕まると考えて左右のアッパーをめちゃくちゃ練習して打ち合いに備えました。

 (試合を決めたのは3回に左ボディーで奪ったダウン)あのボディーは練習通りでした。僕はスパーリングで倒されたこと一回しかないんです。たったままボコボコにされて止められたたことはあるけど、倒れたのは一度だけ。ボディーでヘビー級のヤコグレフ(協栄)に倒されたんです。それも本気で打ってない、タイミングで。悔しいんだけど、何もできない。すごい苦しさだった。練習しなきゃだめだな。初めて倒されたボディーが世界戦に勝つきっかけをつくれた。奇跡でも何でもいい。勝算、そんなのもなかった。今思うと死んでもいいから勝ってやる、という気持ちだけでしたね。(元WBA世界ミドル級王者)

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