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風俗と暴力、密に関係 「孤立させない支援を」上間陽子氏が講演

5/16(火) 9:52配信

琉球新報

 風俗業界で働く若者の調査・支援を続ける琉球大学教育学部研究科教授の上間陽子氏による講演会(かりゆしエンターテイメント主催)が6日、那覇市の県男女共同参画センターてぃるるであった。

 4年間の調査を2月に書籍化した上間氏は、風俗業界で生きる女性たちが、幼少期から虐待、性暴力、DV、あらゆる暴力を繰り返し受けていたことを伝え、孤立を深める女性たちの支援を呼び掛けた。

 160人が来場し、女性たちの存在を受け止め、寄り添う態度を胸に刻んだ。講演の要旨を紹介する。
 

 


 この調査の直接のきっかけは、2010年に女子中学生が集団レイプに遭い、自死した事件だった。教育関係者として責任を強く感じた。調査をして広く社会に問うていこうと開始した。

 調査は、統計から漏れやすく、一番ダメージが集中しているであろう人たちにターゲットを絞り、12年からの4年間行った。家族の状況を見ると、ネグレクト(養育放棄)をされたり、再婚や再々婚家庭で育ったりしていた。18歳未満で性風俗業界に入り、夫やパートナーと別れた後に、1人で子どもを育てるために戻ってきていた人が多く、ほとんどがDV被害者だった。

◇居場所なく
 春菜さんは子どもの頃、夜間保育園に数週間放置されることが日常的にあり、4歳の時から弟の面倒を見させられていた。15歳で家出して援助交際をした。その後恋人と暮らしていく生活費を稼ぐためほぼ毎日客を取っていた。

 真奈さんは小学6年の頃、性暴力に近い形で初体験をした。中学生で不登校になり、14歳の時にピンサロで仕事を始めた。10時間働いた後に、朝キャバに出勤していたが「楽しかった」と話していた。学校に居場所がない子は、同級生の友達がいるとどこでも居場所になってしまう。

 キャバクラに勤めていた亜矢さんは、14歳で集団レイプに遭った。性被害者は「今度こそ負けなかった」とするために、同じ場面を再現する「性化行動」を取ることがある。誤解されやすい行動だが、回復のための儀式であることが多い。亜矢さんは、それを1人で繰り返して回復した。

◇安全な場所と人
 京香さんは16歳で働き始め、店側が手を焼く客ややくざの相手をさせられていた。当時は怖くないと言っていたが、その後、結婚して安全な場所を得られたことで「店には絶対に出たくない」と言うようになった。

 鈴乃さんは、キャバクラで働きながら高校で学び直し、看護師になった。子どもの父親からのDVでシェルターに保護されたが、シェルターの職員や保健師が丁寧に関わったことで元気になり、高校に戻った。高校の先生たちも多くの資格を取らせてくれ、彼女が働くお店にも顔を出して応援してくれた。

 厳しい状況で育っている人が、一足飛びに大きな夢に向かうことは難しく「この願いを口にしても皆笑わない」と思えるようになるまでには時間がかかる。彼女はいろいろな人の関わりで、看護師になりたいと言えるようになり、実現した。

◇息の長い支援を
 私がしてきたのは調査だが、必要なケースは支援もしている。特に、早くから男性とだけつながるようになった女性の孤独は非常に深い。非行傾向を持ちながらも学校に行き、ヤンキーになるなどして友達をつくれた子たちはまだ、他人と交渉する力はある。不登校にして単独にしない、なんとか学校につなぐということが大事だ。風俗業界で働いていることへの道徳的な判断を急がず、どう尋ねるのか、どう聞くのかということも、支援の現場では徹底して考えてほしい。

 一度助けてもらって全て変わることはない。ただ、助けてもらった子は大抵、次の危機的状況でも「助けて」と言える人になっている。「20歳くらいまでには落ち着くかな」と思いながら、長くやっていく必要がある。

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 うえま・ようこ 1972年沖縄県生まれ。琉球大学教育学部研究科教授。専攻は教育学、生活指導の観点から、主に非行少年少女の問題を研究。1990年代後半から2014年にかけて東京で、以降は沖縄で未成年の少女たちの調査・支援に携わる。共著に「若者と貧困」(明石書店)。本書が初めての単著となる。


 

琉球新報社

最終更新:5/16(火) 9:52
琉球新報