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佐藤可士和氏が語る、地方発ブランドの成功条件とは?

ITmedia ビジネスオンライン 5/16(火) 6:32配信

 ユニクロやセブン-イレブンジャパン、明治学院大学など多数のブランディングを手掛けてきたクリエイティブディレクターの佐藤可士和氏。日本を代表するクリエーターであり、多くの人がその名を見聞きしたことがあるはずだろう。

【今治タオル本店には2万点以上の商品が並ぶ】

 記者が初めて佐藤氏のプロダクトデザインにユーザーとして直に触れたのは、NTTドコモの携帯電話「FOMA N702iD」だった。それまで主流だった丸みを帯びた形状とは異なり、長方形でスタイリッシュなデザインが消費者を魅了し、その販売数は100万台を超えた。

 その製品が世に出た2006年から、佐藤氏は愛媛県今治市の名産「今治タオル」のブランディングプロジェクトに携わっている。タオルは元々、明治時代から続く今治の主産業だったが、1990年代初めに中国産の安い製品が日本に入ってきたことなどで、市場シェアを奪われ危機的状況に陥った。売り上げ減少の歯止めが効かない中で、何とかしようとスタートしたのがこのプロジェクトだった(関連記事:衰退一途の今治タオルが息を吹き返した“大事件” )。

 あれから11年。今治タオルプロジェクトで取り組んできたこと、そこから見えてきた地方ブランディングが成功する条件などを佐藤氏にインタビューした。

●「タオルストリート」ができればおもしろい

――この約10年間で今治タオルのブランドを確立し、世の中に浸透させることができたと思います。次の10年に向けて今治タオルをどのように進化させていくのでしょうか?

 ありがたいことにこの10年間で今治タオルというマスターブランドはある程度確立できたかなと思います。次のフェーズは、今治タオル工業組合に参加する各社にもっと利益がいくように、マスターブランドを利用して各社がきちんとプロモーションできるようになればと考えています。そのためのマスターブランド作りだったわけですから。

 マスターブランドをしっかり確立するために、各社それぞれが特色を出すよりも先に、「今治」というものを前面に出すべきだというのを、プロジェクトの立ち上げ時からいろいろと厳しく言っていました。

 それがようやくここまで育ったので、例えば(フランスワインの産地である)シャンパーニュ地方でさまざまなシャトーが特徴的なワインを作っているように、今治タオルも各メーカーが独自性を出していければいいと思います。実際、タオルの作り方がまるで違う会社もありますから。消費者側もそこからお気に入りの1枚を見つけたり、もしくは用途によって各社の製品を使い分けたりなど、そこまで理解が進んでいけばブランディングとしては最高ですよね。

――この10年は今治タオル全体としての価値を高めるということなので、ある意味、販路なども各社横並びだったわけですね。これからはどんどん競い合っていくということでしょうか?

 そうですね。もちろん横並びでやっている部分はありますけど、今でも既に競争環境はあります。今治タオル本店というのは、実は厳しい場所で、いろいろなメーカーのタオルが並んでいます。ドンと売れるものもあれば、売れないものもあって、一目瞭然で売り上げ数字が分かります。売れないと売り場から下げられますし。

 一方、ここ2~3年で各社が東京に自分たちの店を出す動きが活発になっています。今後はこうした競争環境がもっと作られていけばいいと思います。そうして青山、代官山あたりにタオル専門ショップが増えていき、そのエリアが「タオルストリート」や「タオルビレッジ」などになればおもしろいですね。タオルを買いに行くならまずは南青山をブラブラしようと。

 こないだ文化庁の文化交流使の仕事で英国・ロンドンに行きました。ロンドンには「ジャーミンストリート」という通りがあって、そこに行けば老舗の靴屋やシャツ屋、テーラーなどがほとんどそろっています。ロンドンでクオリティが高い紳士物を買いたければ、とりあえずそこを歩けとなるわけです。タオルもそういう風になっていければいいと思います。

――そのストリートに泉州(大阪)や三重など、ほかの産地のタオルも参入したらおもしろいでしょうね。

 今、多くの人にとって今治タオル以外のタオルがどこのものなのか、なかなか分からないと思うのです。それほど今治タオルを強烈にブランディングしましたから。ただし、良い意味で競争が起きてないので、そうやって他社が入ってくるのは良いことだと思います。

●今治で学んだインナーブランディング

――プロジェクトにかかわっていろいろと大変なことはあったと思います。例えば、今治タオルの方からブランディングの依頼があったとはいえ、組合にはさまざまな人がいます。地元とのコミュニケーションで苦労した点などありますか?

 これは笑い話でよく言っているのですが、最初は現在の近藤(聖司)理事長も様子見していましたからね。頼まれた僕からしてみれば、組合のメンバー全員が同意してプロジェクトが始まったと当然思いますよね。初年度にブランドマークなどを発表するところまでやって、来年はどうしようかという話をしていたら、当時の理事長が「今治に来てほしい」と言うのです。

 なぜまた今治に行かないといけないのか尋ねると、「参加してない有力な会社があるから」と返ってきました。「え、まだ参加してない企業があったの!?」と大変驚きました。

 詳しく聞くと、プロジェクトに反対はしてないけれども、様子見している有力な会社がいくつもあるというのです。そのうちの1社が近藤さんのところでした。

 そこで今治に来て、皆に会ってくれとお願いされたので、今治の中で重要な会社を10社以上回りました。何か特別なことをしたわけではありませんが、挨拶して、工場を見学して、経営者と話をして、ぜひ一緒にやりましょうとお伝えしたのです。2年目のメインの活動はそれですね。

――表敬訪問のために今治を回ったわけですね。

 僕が依頼されてやっているプロジェクトなのに、いつの間にか地元の会社に頼む側になっていたのです(笑)。それが一番苦労したことですね。

――そこで「何だ、話が違うじゃないか」などとならずに、引き続き今治タオルに前向きにかかわろうとしたのはなぜですか?

 実はこうした活動は、今では僕のブランディングプロジェクトで当たり前のようにやっていることなんです。クライアントの社内を回ったり、海外の拠点に訪れて社員にスピーチしたりしています。ある意味、これは僕が今治で学んだことです。

 小さい会社や若いベンチャー企業であれば社内はまとまりやすいかもしれませんが、巨大な企業だったり、歴史がある企業だったりすると、社内のコンセンサスが1つにはなりにくいです。いくら外部からあれこれ言っても、内部がその気になっていなければ伝わるわけはないです。今治のプロジェクトを通じて、インナーブランディングの大切さを知りました。

 結果、様子見していた会社の経営者たちと会ったことで、次の活動から参加してくれるようになり、プロジェクトはどんどんパワフルになっていきました。

 そして3年目から利益が出始めたことで、皆がこのプロジェクトはやってもいいのだという気持ちになりました。3年でそこまで持っていけたのはラッキーだったと思います。

――3年目に数字が伸びたきっかけは何ですか?

 象徴的なのは、百貨店の伊勢丹新宿店でライフスタイル商品を扱う場所に今治タオルというコーナーを作れたことです。これによって消費者とのタッチポイントが東京に、それもベストなところにできたのが大きいです。

――当初メインターゲットとしていた購買層はありましたか?

 イメージターゲットとして、自分自身のためにタオルを買ってくれる人というのがありました。

 それまで高級タオルは自分で買うよりもギフト需要がほとんどで、お中元やお歳暮の時期に年配の女性客がやって来るのがタオル売り場の風景でしたが、今治タオルのコーナーを設けたら、若い男性や女性が1万円のタオルを買いに来るようになりました。伊勢丹のバイヤーによると、今までそんなことはなかったそうです。

 そして自分用に買ったタオルを使って、良いと感じれば、それを他人にプレゼントするという、従来のギフト需要にもマッチしたのです。実際、大きな売り上げとなるのは、結婚式の引き出物などのギフト用です。それに比べると、個人ユース用は売り上げ全体で見ると小さいのですが、僕はあくまでもまずは個人に良いと思ってもらうことが大切だと考えています。

 とにかく質の高い生活を送りたいと思っている人たちにフォーカスしました。なぜなら値段で勝負しないからです。安売りのタオルに負けて、業績が落ち込んでいたわけですから、高くてもいいので今治タオルがほしいという顧客を狙うしか道はなかったのです。タオルに5000円、1万円をかけてもいいという嗜好性を持っている人でないと買ってくれないでしょうが、それでいいと思っています。

――そういう点でも伊勢丹に売り場を持つことができたのは大きいわけですね。

 本当にやりたかったのは組合として店を出すことでした。ただ、費用がかかるので最初は伊勢丹などで販売してもらうしか方法はありませんでした。

 その後、2012年に組合の皆さんが費用を出して青山に自分たちのコンセプトショップを持つことができたのは大きな意味がありました。ブランドの情報発信の目的もあったのですが、予想以上に売れましたし、その場所を作ったことで、そこからWebサイトへの流入も増えました。それまでは店がなかったので、国内外で展示会をやるなどして今治タオルの存在感を打ち出していました。

――今年リニューアルした今治タオル本店は、SNSの投稿をイメージしたような見せ方も想定してデザインしたそうですね。現在、コンシューマー向け商品をブランディングする上で、SNSの活用はキーになっていますか?

 キーになりましたよね。10年前には「Instagram」などなかったし、当時僕はガラケーをデザインしていましたよ。今とまったくコミュニケーションのやり方が違うので、あの時代にこうした店を今治に作ることは現実的ではなかったです。時代の変化とともに、ここでやる意味ができたわけです。

 コミュニケーション環境が変わったことと、今治タオルのブランドが育ったこと、そして「しまなみ海道」や「FC今治」など別の要素が加わって今治が注目されるようになったことで、コストをかけても今治に立派な店を作る意味があると考えました。

●地方ブランディングの成功条件

――「地方創生」という言葉に代表されるように、地方をどんどん盛り上げようという動きがあります。ただし、今治のように皆が成果を出せるわけではありません。地方発のブランド、あるいは地方ブランディングが成功するための条件とは何ですか?

 条件は3つです。

 まずは、素晴らしいコンテンツがあること。今治の場合はタオルの品質でした。これが絶対条件です。

 次に、最も重要な条件であり、かつ最も難しいのが、その地方の人たちが本当に一枚岩になれるかということです。組合だけでなく、自治体などの人も含めて皆がコンセンサスを取れるかどうかが大切です。

 最後は、クリエイティブディレクターのような、戦略を描ける人がいることです。ぽつん、ぽつんとコンテンツだけを作っていても駄目で、きちんとそれを俯瞰(ふかん)して、ディレクションできるかどうかです。

 デザイナーやアーティストに依頼して、単発のコンテンツを出している地方の例はよくありますが、結局続かないですよね。それはブランディングをトータルで見ている人がいないか、あるいは単にうまくいってないかのいずれかです。仮にトータルで見る人がいても、発注側の地方が一枚岩になっていなければうまくいかないと思います。

 ディレクターは外部でも、その地方の内部の人でもいいのですが、トータルで考えることができるクリエイティブディレクションは重要です。

――補助金が下りたからと、外部のデザイナーなどに発注した結果、単発でプロジェクトが終わって失敗するという地方のケースはよく耳にします。とはいえ、佐藤さんがすべての地方を回ってブランディングするわけにもいきません。きちんとディレクションできるような人材の育成、あるいは適切な人材の配備が鍵を握りそうです。

 僕らはこういう業界にいるから分かっているのですが、地方にはこの重要性をまったく分かっていない人もいます。行政の仕事にはクリエイティブディレクションという項目がそもそもなかったりします。このたび文化交流使に選ばれたわけですが、クリエイティブディレクターでは初めてだそうです。それまで文化の中にデザインやブランディングといったものが入っていなかったということです。

 まだまだトータルでディレクションする、プロデュースすることの大切さを、地方の発注側が分かっていないのが現状です。単発でコンテンツ作っても意味がありません。それをトータルで考えて、やり続けていくことが不可欠なのです。

――その上でどのようにディレクションすべきですか?

 当たり前ですけど、ブランディングするものがないといけません。幸い日本には素晴らしいコンテンツがたくさんあるので大丈夫だと思いますが、そのコンテンツのブランド価値をきちんとアップデートして、現代にマッチするように変えていかないと、人々はそれが価値あるものだとは感じないでしょう。

 例えば、スマートフォンでも、コンセプトが大幅に変わってはいませんが、時代とともに中身も外見もアップデートされています。人々のライフスタイルは変化するので、今治タオルも当然そうならなければなりません。

 料理だってそうですよね。昔のフランス料理といえば重かったわけですが、今の世の中はヘルシー志向だから軽い料理もあります。アップデートされたものだけが残るのです。いつの時代でも変わらないような素晴らしい本質と、現代にマッチするようなアップデートされた新しいものがミックスされてないと、ブランドは続かないと思います。

 本当はこうしたディレクションを地方の人たち自身でやるのが一番いいのですが、自分たちの価値を本当に理解するのは難しいのです。今治タオルのプロジェクトを始めたころ、安心、安全、高品質をコンセプトにしましょうと言ったら、今治の人たちに「そんなものがコンセプトになるのですか?」と聞き返されました。既にやっているわけです。当たり前のようにやれるのはすごい価値なのですが、彼らにとっては普通のことなので、強みに感じられないのです。だから僕みたいな外部の人間が入ることは大事なのかもしれませんね。

(伏見学)

最終更新:5/16(火) 6:32

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