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メイショウマンボ、13年オークスVの舞台裏

デイリースポーツ 5/16(火) 11:00配信

 13年5月19日、東京競馬場。第74回オークスで9番人気のメイショウマンボを勝利へと導き、男泣きした武幸四郎の姿に、目頭を熱くしたファンも多いことだろう。

 「あれから4年ですか。早いですね」。そう語るのは、主役を陰で支えた調教助手の塩見覚。一番近くで見ていた彼の目に、あの光景はどう映ったのか?興味を持って聞いてみると「実は、あのときの舞台裏はバタバタ。ひどいもんでしたよ」と言って苦笑いした。

 レース当日の昼ごろ。ともに東京入りした今村康成助手の報告に驚いた。「きのうテキが入院しました」。司令塔である飯田明弘調教師が、前日に体調を崩してドクターストップ。「当時、今のテキ(飯田祐史調教師)も海外研修中で。G1なのに、現場は僕ら2人だけでした。大テキのころは、東京に遠征する機会もほとんどなかったし、アウェー感が半端なかったです」。

 そしてパドックへ。段々と気合が乗ってきたマンボは荒れに荒れた。返し馬へ向かう際には、首を上下に激しく振り、塩見のトレードマークとも言えるメガネを吹っ飛ばした。

 「ないことに気付いたのは少し後。すると、スターターの方が“落としたメガネが見つからないとレースができない”って言うんです。確かに、馬が踏むと危ないですからね。自分のせいでG1の発走時刻が遅れるなんて…。もう勝った負けた以前の問題。ヒヤヒヤして気が気じゃなかった」

 幸いにもひん曲がったメガネが見つかり、いざレースへ。まだ塩見の緊張状態は続いていた。「マンボもかなりテンパっていて、ゲート裏では口が切れて血だらけでした。ほんまに人も馬もバタバタで…。ただ、やっとの思いでゲートに入れた瞬間、馬の方がスッと抜けた(おとなしくなった)んです」。

 戦闘モードに切り替わったマンボは、それまでの興奮がウソのように、中団から力強く抜け出して栄光のゴールへ飛び込んだ。「えっ?勝ったん?って感じでした。また、そこからが大変で…」。いつものように脱鞍所で帰りを待っていると、誰かの“お前、迎えに行かんのか?”という声が聞こえた。G1ではウイニングランを終えた人馬を担当者が迎えに行くことが恒例。当然、それまで獲ったことのない塩見にとっては初体験だ。

 テレビで見て知ってはいたが、実際にどう動けばいいのかが分からない。しかも不慣れな東京競馬場。「ちょうど近くに藤原英昭調教師とスタッフの方がいたので“僕、どうしたらいいんですか?”って聞いたんです。すると、テレビで見たことがある人に“堂々と歩いとけ!”ってどやされて。あとから気付きましたが、あの人はマイネルの岡田繁幸さんでした(笑い)」。

 感動の裏に、これだけのドタバタ劇があったことに驚いたが、塩見いわく、のちにそれらをさらに越える出来事があったという。「実は、オークスを勝ったときのゼッケンがいまだに行方不明なんです。どさくさに紛れて誰かが持っていったんでしょうね。あの日のドタバタぶりを象徴していますよ」。

 さて、その後のマンボの競走馬人生は、まさに“光と影”。同年、秋に秋華賞とエリザベス女王杯を制してJRA賞最優秀3歳牝馬に選出されたものの、翌年からは極度のスランプに陥り、大敗が続いた。「知ってました?あの馬は“ももクロ”なんですよ。(帽子の色が黒と桃の)2枠か8枠の時しか走ってないんです。気の悪さがあったので、極端な枠に入った時の方が力を出せたのでしょう。まあ、晩年はズルさを覚えてしまいましたが…」。

 あまりにも続く2桁着順の大敗に、ネット上では“引退させて”という声が多かったと聞く。だが、パソコンを扱えない塩見には、厩舎宛に来るファンレターの思いだけがストレートに届いた。「九州のおばあちゃんから若い女の子まで。マンボに勇気づけられたという声を聞いて、何とかもうひと花咲かせてあげたかった」。

 やれるだけのことはやった。障害練習から始まり、ブリンカーにシャドーロール、ハミを変え、ダートにも挑戦した。「験担ぎで、オークスの時のひん曲がったメガネを着けたこともありました。それでも、マンボは変わらなかった。あの馬は(引退レースで復活した)オグリキャップにはなれなかった。わがままな馬で、最後までそれを貫いた。ああいう終わり方も、マンボらしいですよ」。

 飯田祐史厩舎に転厩後、唯一見せ場をつくった14年ヴィクトリアマイル(2着)の時は「フケ(発情)が来ていたから諦めていたけど、よく走った」と塩見は懐かしむ。だが、そういう“あまのじゃく”な面が今もあるのか、繁殖入り後、牧場からまだおめでたの知らせは届いていない。「発情が来ないという噂を聞きました。現役時にあれだけフケが来ていたのに、肝心なときに…(笑い)」。

 注目が集まるであろう“マンボ2世”。塩見は「身体能力の高い馬が出るかも知れませんが、気性がどうか。母のメイショウモモカも僕が担当していましたが、突然キレる時がありましたから。あの気の強さが、競馬でいい方に出てほしいですね」と期待を込める。

 競走馬の“光と影”は紙一重。晩年は影の部分がほとんどを締めたマンボだが、13年オークスで見せた輝かしい走りは、武幸四郎の涙とともに決して色あせることはない。夢の続きは次の世代へ-。元気いっぱいにターフを駆ける2世の姿を心待ちにしたい。(デイリースポーツ・松浦孝司)※敬称略

最終更新:5/16(火) 21:14

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