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村田諒太の父・誠二さん、息子の世界戦リアルタイムで見ない…勝利信じ験担ぎ

スポーツ報知 5/17(水) 11:03配信

◆報知新聞社後援 プロボクシング トリプル世界戦 ▽WBA世界ミドル級王者決定戦 暫定王者・アッサン・エンダム―同級2位・村田諒太(20日、東京・有明コロシアム)

【写真】金髪でケンカざんまい村田、中3でプロ吹っ飛ばした!

 20日にWBA世界ミドル級暫定王者(1位)のアッサン・エンダムと王座決定戦(報知新聞社後援)に挑む同級2位・村田諒太の連載「GOLD to CHAMP」は、父・誠二さん(62)が思い出を語った。

 村田の父・誠二さんによると、諒太の「諒」には「知る」「思いやる」などの意味があることから「人の気持ちが分かる豊かな心を持ってほしい」との願いが込められている。身長182センチと日本人ボクサーでは大きな村田だが、小学校時代に4つ上の長兄・誠徳(あきのり)さん、2つ上の次兄・浩平さんの背丈を追い抜いていた。

 運動神経は抜群。校内マラソン大会では小、中学校で1位。5歳から始めた水泳は、タイムに応じた最上位のワッペンを授与された。父は「小さい頃に近くの公園でおもちゃのバットで野球をしていたのですが、夕焼けに向かってボールをよく飛ばしていたことを覚えていますね」と明かした。

 向こう気の強い性格。5歳くらいの頃、5~6人の子どもが歩いてきても、道を譲ることなく立ちはだかった。「コンビニの前でたむろしているような子たちは“ヘタレ”といって嫌っていた。一匹おおかみの部分もありました」と誠二さん。両親が離婚した事情などもあり荒れていた村田が、奈良市立伏見中1年の3学期の時に金髪に染めた。誠二さんは家の近所を車で運転したところ偶然、金髪の我が子を見つけた。驚いたが「叱った覚えはないんですよ」。村田本人も「あんなに穏やかな人はいない」と話すほど。誠二さんは「親に隠れていろいろなことはしていたのでしょうが、家では『父ちゃん』と話しかけてきてくれていい子だった」。父と子というより「友人、兄弟みたいな感じ」という。

 「ここまでしていただいたのは、本当に先生方なんですよ」と謙遜するが、愛情はしっかり注いでいた。村田がボクシングを始めるとサンドバッグを購入し、“日曜大工”で自宅の車庫につるして即席の練習場を作った。自らミットを持つこともあった。「肩が痛くなった。頑丈な車庫の屋根もギシギシ揺れていた。パンチが強かったんでしょう」。漫画「あしたのジョー」の名言集を買ったり、中継を見るために有料放送を契約したりした。

 誠二さんは験担ぎとして、息子の試合をリアルタイムで見ない。最初は怖いことが理由だったが、今は「見ないでうまいこといっているので」と継続している。1度だけ、2011年の世界選手権決勝をインターネットで見たが敗れ銀メダルに終わった。それ以降さらに意識するようになり、ロンドン五輪も見ていない。プロデビューから12戦12勝。世界戦も「見ないでしょうね」。我が子の勝利を信じ、静かに待つ。(特別取材班)

最終更新:5/17(水) 13:14

スポーツ報知