ここから本文です

先天性難聴の大産大・広中140キロで夢は「プロ」

日刊スポーツ 5/16(火) 10:13配信

 堂々とした投球フォーム。力強い球に、相手を惑わす変化球。言われるまで、先天性難聴だとは全く思わなかった。

【写真】ヤクルト徳山、大隣助言を力に難病克服3月復帰誓う

 15日に行われた、阪神大学野球リーグ第6節。大産大-追手門大の2戦目で、登板した大産大・広中蒼磨投手(3年=益田東)は、生まれつき両耳の聴力がほとんどない。「試合中は声が聞こえないので、目で判断するしかない」と大変なことを教えてくれた。それでも「耳が聞こえないから野球が出来ないと言われる。(そういう状況でも野球は)出来るというふうに影響を与えたい」と力強かった。

 野球を始めたいと思った小1の時、当時のチームの監督に難色を示されたこともある。小3で野球を始めた。その頃から主なポジションはピッチャーだった。益田東高に進み、2年生の時には2番手ピッチャーに、3年生ではエースにまで成長した。「野球が好きだから」。その思いで大学でも野球を続けてきた。

 周囲のサポートも頼もしい。「会話」は主に手話と指文字で行われる。この日、取材の手助けをしてくれた福森凌主務(3年=立正大淞南)は、実は高校時代に広中のチームと対戦していた。福森はベンチだったものの、大学で同じチームになり少なからず縁を感じている。当初は手のひらに指で言葉を書いてコミュニケーションを取っていたが「指文字は1週間ぐらいで覚えられました」と今ではスラスラと手話と指文字で会話。部活だけでなく授業でもほぼずっと一緒に行動し、授業は野球部5、6人のグループでサポートする。

 宮崎正志監督は「ハンディだと思っていない。広中がそういうふうにしてくれていると思います」。広中は、部活のミーティングには直立不動で参加するという。内容は後からナインに教えてもらう。投手に課される試合後のピッチャーリポートは、いつも必ず提出している。リポートの返事が遅いと、宮崎監督に催促してくることもある。練習前と後には必ず宮崎監督のもとへ顔を合わせてあいさつ。「目と目を合わせてあいさつすることが大事なんだって、あいつを見ると思いますね」と宮崎監督はしみじみと言った。

 この日の広中は今季初登板。8回から登板し2回1安打無失点だった。危なげなく試合を締めたように見えたが「全然良くなかった。全部高めに浮いて変化球でカウントが作れなかった」と自己評価は厳しい。

 広中に将来の夢を聞いた。「プロです」とはにかんだ笑顔。最速140キロ右腕の夢は、大きく広がっている。【磯綾乃】

最終更新:5/17(水) 1:03

日刊スポーツ