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「NORIN TEN」稲塚監督の“育種”への思い

日刊スポーツ 5/16(火) 12:59配信

 世界の食料危機を救う基となる小麦を作り、今では世界の小麦の70%以上の基になる新品種を育ててきた農学者、稲塚権次郎の生涯を描いた「NORIN TEN~稲塚権次郎物語」が、ロサンゼルスで開催中のジャパン・フィルム・フェスティバルで上映され、メガホンをとった稲塚秀孝監督と主演の俳優松崎謙二が舞台挨拶を行いました。NORIN TEN(小麦農林10号)と呼ばれた小麦を育種した「農の神」と呼ばれた権次郎は、稲塚監督の遠縁。戦後、アメリカのノーマン・ボーローグ博士がメキシコ品種と交配させて新品種を開発し、インドやパキスタンの人々を飢餓から救った小麦として知られています。そんな権次郎の20代から50代を演じたのが松崎で、晩年の権次郎は仲代達矢が好演しています。

 美しい原風景と共に夢、愛、情熱、戦争など人間に関わるテーマを描いた本作の監督と権次郎を演じた松崎に話を伺いました。「この作品は3年前に仲代さんと一緒にここロサンゼルスで記者発表したのですが、実在する人物で、しかも業績を成した人を演じるのは難しいと実は直前までOKはもらえていなかったんです。晩年は仲代さんにお願いしたいと当初から思っており、そこは崩せなかったので必死でした」と稲塚監督。また、仲代に憧れて俳優になったという松崎は、「リレーで同じ役を演じるのは、不安とプレッシャーでした。農業はもちろん育種についての知識もないですし、台本をもらってもなかなかこの役を愛せずに苦しみました。でも、現場に入ると自然と身をゆだねられる状況があり、そこで初めて“大丈夫だ”と思って演じることができました。実は同じ役を演じる仲代さんとは1度もこの役について話をしませんでした。現場にも来られなかったですし、なんか距離を置いてたんですよね。(終わった後で)一言だけ“これは松崎の映画だ”と言ってくれて、認めてくれたんだなと嬉しかったです」と役作りの苦労を告白。

 権次郎はコシヒカリの基となる「水稲農林1号」の育種にも関わっており、日本が誇る農業の神として世界でその名は知られていますが、日本政府は今年3月に米、麦、大豆の種子を国が守る政策を放棄することを意味する主要農作物種子法廃止を国会に提出しました。「それはつまり日本が古来守ってきた、種を作り、種子を作ってきたことが崩れるということで、この作品で描いている日本の育種の歴史を否定するものです。今後、外国から遺伝子組み換えという種子ビジネスが入ってくることも考えられます」と稲塚監督。そういう意味でも、今こそこの作品を通じて「日本の育種の伝統と底力」をより多くの方に観ていただきたいと語り、今後はロサンゼルスとニューヨークに続いてメキシコシティでの上映も決まっていることを明かしました。

 「NORIN TENがアメリカに渡ったことでアメリカの小麦の品種も大きく変わりました。アメリカの人たちが食べているパンもこの小麦で作られており、食に関する共通の意識を持てるのではないかと思います。それが日本の権次郎さんという人が作った小麦が基になっていることを、世界の方々にも知っていただけたら」と稲塚監督。日本国内でも全国各地で今後も上映会を続け、より多くの方に育種について知ってもらいたいと語っています。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)

最終更新:5/16(火) 13:02

日刊スポーツ