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時間に追われてツラい、そして孤独 航空機整備士の働き方を変えた神アプリ

ITmedia エンタープライズ 5/17(水) 15:55配信

 閉ざされた環境で孤独に、そして大忙しで作業する――。そんな航空整備士たちの働き方を変えたiPhoneアプリがある。JALエンジニアリングとIBMが現場の声を聞きながら開発したものだ。

【画像】整備士の働き方を変えた神アプリ

 両社は、どうやって現場の課題を洗い出し、どのような形でアプリに実装したのか。IBM Watson Summit 2017の講演に登壇したJALエンジニアリング IT企画部の部長を務める西山一郎氏が説明した。

●膨大な作業を1人きりで 整備士の孤独な戦い

 2009年に設立された航空機整備会社のJALエンジニアリングは、親会社である日本航空の整備作業を担う企業だ。海外エアラインの発着整備も行っており、現在、世界50社超の企業から、エンジンなどの整備を受託している。従業員数は約4000人、その中には外国人スタッフも少なくない。

 整備士は、航空会社が旅客サービスを提供する上でとても重要な役割を果たしている。安全性や、飛行機を予定通りに運行させる定時性の確保はもちろん、快適な機内環境を常に提供できるよう、機体の機能や信頼性を維持し、向上させることも整備士の仕事。西山氏は、「電子部品の整備や劣化した部品の交換などを行う部品整備だけでなく、各空港で行っている運航整備などの機体整備が不可欠」と話す。

 この機体整備には大きく分けて2つの種類がある。1つは、年に1度行う「点検重整備」。航空機を格納庫に入れて、1週間ほど機能を止めたうえで隅々まで整備する。車で言うところの車検のようなものだ。もう1つは、航空機が到着してから離陸するまでの間に行う「運航整備」だ。

 西山氏によれば、後者の運行整備にはさまざまな制約があるという。国家資格を持つ整備士が担当しなければならない上、その国家資格が飛行機の機種別に存在していることから、日々の運航整備を確実に行うためには、資格を取得するための人材育成に加えて、整備士を効率的に配置していくことが求められるのだ。

 運航整備には、機体の周りをぐるりと一周して、航空機のエンジンに鳥がぶつかっていないか、雷に打たれてダメージを受けていないかなどを確認する「サークルチェック」のほかに、乗務員が不具合を記録する「ログブックの確認」などがある。

 これらの作業で問題が確認された場合は即座に修理を行い、航空機が予定通りに出発できるようにしなければならない。しかし、作業は基本的に整備士が1人で行っているにもかかわらず、整備時間は大型機のボーイング777でも50分しか与えられない。

 「ほとんどの作業を1人で行うことが求められており、それが困難な場合は無線機で報告するという形式になっています。整備士の味方は、この無線機のみ。作業に携わる整備士は、閉ざされた環境で孤独に作業をしているのです」(西山氏)

 こうした作業環境を改善するために、検討が始まったのがモバイルアプリの導入だった。「ちょうどその頃、IBMから航空業界向け標準アプリの共同開発を持ちかけられたのです」(同)

 運航・客室乗務員向けの航空業界標準アプリは既に存在していたが、整備用の業界標準アプリはまだなく、「開発すれば運航整備の環境を劇的に変えられるのではないか」と考えた西山氏は開発に取り組むことを決意。業界標準のiOSアプリをIBMとAppleで共同開発するFCPという枠組みの中で、運行整備用アプリの開発が始まった。

 アプリ開発で重視したのは、「現場主導のIT開発」。過去、それを怠って苦い経験をしたことから気を配ったという。「以前、開発したソフトウェアは、“開発優先”で現場の意見を尊重しなかったために、機能は優れていたが使ってもらえなかった。そんなことは、もうしてはならないと思ったのです」(西山氏)

 JALエンジニアリングは、モバイルアプリの開発にあたって、主に3つのキーワードを意識していた。1つ目は、場所を選ばず情報にアクセスできる「スマート」。2つ目は作業を悩ませることのない「シンプル」。3つ目は他社とも協力しやすい「スタンダード」だ。

 アプリにこうした機能を持たせるために設置したのが、「モバイルバックエンドサーバ」だ。従来は、整備に必要な「整備基幹システム」「フライト情報」「マニュアル送付用サーバ」などを確認するには、それぞれのシステムに個別にアクセスする必要があった。しかし、それらの全てをモバイルバックエンドサーバとアダプターでつないだことによって、整備士はiOS端末から社内LANを経由して、情報をスムーズに取得することが可能になったという。

 こうして完成したのが、整備士用の「Inspect & Turn」と、バックオフィスのコントローラー用の「Assign Tech」という2つのアプリ。これを使うことで、整備士とバックオフィスのやりとりが簡易になったと西山氏は話す。

 空港では同じ時間に20~30便が離着陸を繰り返しており、バックオフィスはこれら全ての情報を管理し、整備士をアサインする必要がある。その際にAssign Techを利用すれば、発着便の情報がすぐ表示されるだけでなく、現在、出社している整備士のスキルを確認したうえで、適切なスタッフを選んでアサインすることが可能になる。

 また、整備士用アプリのInspect & Turnには、Assign Techによってアサインされた航空機の情報が表示されるようになっており、整備士が資料を探す手間を省いてくれる。整備中に撮影した写真や動画はバックオフィスと共有することも可能だ。

 こうした新たなシステムによって、従来、必要だった整備士へのアサイン時の確認が不要になったほか、機体整備中の状況も可視化されるようになったという。

 「バックオフィスからわざわざ、応援が必要かどうかを聞かなくても、飛行機の整備状況がリアルタイムで分かるようになりました。何事もない飛行機のことを気にしなくてよくなり、対応すべきところに集中できるようになったのです」(西山氏)

 「モバイルソリューションはわれわれの職場環境に、非常にうまくマッチしました」――。西山氏は、こう振り返る。現場スタッフの声を聞きながら開発したアプリは、導入から1週間後には、みなが自然に使っていたという。「システムは“使う人が使いやすいように”開発すべきだと痛感しましたね」(西山氏)

最終更新:5/17(水) 15:55

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