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大垣藩の関連文書発見 屏風下地から170件

岐阜新聞Web 5/17(水) 9:11配信

 大阪府の堺市博物館所蔵の17世紀制作とみられる「月次風俗諸職図屏風」(六曲一双)の下張り文書の中から、江戸時代初期の大垣藩に関する文書など約170件が発見されていたことが16日までに分かった。藩主戸田家の江戸上屋敷普請に関するものもあり、現存する史料が少ないこの時代の大垣藩を調査する上で今後、貴重な文書となりそうだ。
 屏風を解体修理した際、制作時に下地として使用された下張りの紙類を排出。同博物館で整理、調査したところ、17世紀の大垣藩に関連した文書と確認された。佐藤与左衛門宛て年貢納取帳面など年貢に関する文書、藩士に支給する切米手形などが大半だった。最も古いものは、慶長19(1614)年の「伝七郎八右衛門連署状」の断簡だった。
 担当した矢内一磨学芸員は、下張りには、表具屋吉兵衛という大垣の表具師に宛てられた書状や勘定書が多数あったことから、この表具師が屏風に仕立てたと推測。さらに、大垣藩の家臣から吉兵衛に城内での表具を依頼する書状も見つかり、大垣藩の御用を勤めていたとみる。そのつながりで、大垣藩で不要となった文書が、吉兵衛の手元に集まったと考えたという。
 調査では、大垣藩関連81件、吉兵衛関連90件を確認。材木工事入札の文書などは、1657年の明暦の大火で焼失した大垣藩の江戸上屋敷再建工事に関連したものとみられる。
 また、寛永年間に起きた各地の大名家のお家騒動の記録も見つかった。高松藩の生駒騒動に対する、寛永17(1640)年7月26日付の幕府の裁決申し渡しの一部とみられる断簡には、家臣の処分や生駒家への減封転封が記されていた。同じ文言の史料は、香川県内でも確認されていないという。矢内学芸員は「譜代大名の戸田家が、幕府から重要情報を入手しやすい立場にあったことを示す文書ではないか」と話す。
 大垣市図書館歴史研究グループは「把握していない大垣藩士や町人の名前が記載されており、この年代の人名を調査する上で手掛かりとなる史料」とコメントした。
 同博物館は、月次風俗諸職図屏風とともに、下張り文書の一部を写真パネルで今月31日まで展示している。

岐阜新聞社

最終更新:5/17(水) 9:59

岐阜新聞Web