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「排せつ予知」に世界が注目 介護業界をどう変える?

5/18(木) 7:10配信

ITmedia ビジネスオンライン

 “お漏らし”を防ぐことで介護業界を変革させようとしている会社がある――渋谷のベンチャー企業トリプル・ダブリュー・ジャパンだ。同社は介護施設を対象に、排せつのタイミングを知らせてくれるウェアラブルデバイス「DFree」を今春から販売している。既に全国の介護施設から申し込みがあり、海外からも欧州を中心に30カ国以上から引き合いがきているという。

【入居者の膀胱(ぼうこう)の状態をアプリ上で簡単にチェックできる】

 投資家からの関心も高く、累計で8億円超の資金調達を実施。資金は海外への拡販と研究開発費に充て、2020年までに累計1000万台の販売を目指すとしている。DFreeは介護業界をどのように変える可能性を秘めているのか。中西敦士社長に話を聞いた。

●開発のきっかけは“失禁”

 DFreeの開発のきっかけとなったのは2013年。当時29歳だった中西社長が米国の大学に留学していたときの話だ。あの日の引っ越し作業中、引っ越し先の家に荷物を運んでいる途中に「漏らしてしまった」らしい。

 「その日はおなかの調子が悪く、我慢することができませんでした。もし、家を出る前にその危険に気付くことができれば、と悔しい思いをしました」(中西社長)

 中西社長はこの体験を通じて、排せつのタイミングを予知するサービスを作りたいと考えるようになったという。

 「お年寄りや小さい子どもを持つ親など、排せつの問題で悩んでいる人は意外と多いかもしれないと思いました。周囲にこのアイデアを話したとき、多くの人から良い反応をもらえたので、事業としてやってみようと決意しました」

 どうすれば排せつのタイミングを予知できるのか――。中西社長は、便や尿が溜まることによる大腸や膀胱(ぼうこう)の膨らみを検知できればタイミングを予知できるかもしれないと考えた。

 「超音波で妊婦のおなかにいる胎児の動きを見ることができるように、大腸や膀胱の変化も同じように超音波で検知できるはずだと思いました。医師である私の兄に聞いたら、『できる』と答えてくれましたので、すぐに動き出しました」

 下腹部に超音波を発信できるデバイスを作れば、排せつを予知できる――そう確信した中西社長は、メーカーでエンジニアとして働いていた友人に声をかけ、試作品の開発に取り組んだ。

 仕組みは、下腹部に装着したデバイス(超音波センサー)が大腸や膀胱の膨らみを検知し、ある一定の大きさになったら、Bluetooth経由で専用アプリを入れたスマートフォンに“もうすぐ出る”タイミングであることをアラートしてくれるというものだ。

 まずは需要が大きい「排尿」の検知に機能を絞り、研究を開始(排便予知ができるデバイスも現在開発中)。介護施設に泊まり込みしながら実証実験を繰り返し、膀胱がどのくらいまで膨らむと排尿のタイミングとなるのかという膨大なデータを収集した。

 排せつ予知のデバイスはDFreeが世界で初めてだ。なぜこれまでDFreeのような製品が生まれなかったのだろうか。

 中西社長は「確かに排せつの問題は大変です。しかし、排せつ自体は病気ではありませんし、健康に被害を及ぼすような問題でもありません。だから製薬業界や医療業界もこの問題を本気で解決しようとは思わなかったのではないでしょうか」と話す。

 しかし、需要は大きかった。試作品完成後、クラウドファンディングで出資を呼びかけたところ、約2カ月で1200万円も集まった。多くの介護施設から「こんな製品が欲しかった」という声が寄せられたのだ。

 「クラウドファンディングでの反響や、多くの介護施設のスタッフと関わる中で、いかに排せつの問題が深刻だったのかということを改めて気付けました。人間の尊厳に深く関わる問題ですし、世の中に必要な製品なのだと思えました」

●「DFree」は介護の現場をどう変えるのか

 多くの介護施設では、排せつに関わる業務が業務全体の約3分の1を占めていることもあり、介護スタッフの大きな負担となっている。

 要介護度の高い利用者は尿意や便意を感じ取ることができなかったり、「トイレにいきたい」とうまく言葉で伝えられない場合が多い。そのため介護スタッフは定時に利用者をトイレに誘導するのだが、タイミングよく排せつできるケースは少ない。結果、ベットでお漏らしをしてしまう。

 しかも、重度の認知症を患っている利用者などはオムツに出した排せつ物を手で触り、壁やイスなどを触ってしまうこともあるため、その後始末が重労働となっているのだ。

 DFreeを活用し、排せつのタイミングが分かれば、こうした煩雑な業務を軽減することができる。実際、DFreeを導入した施設は人件費を平均で約30%削減できているケースもあるという。

 もちろん、DFreeで恩恵を受けるのはスタッフだけではない。中西社長は「排せつの問題をなくすことは、施設利用者のQOL(生活の質)を改善することにもつながる」と話す。

 「とある利用者は、これまでトイレの不安があったため外出を控えていました。天気の良い日でも散歩にいくことができなかったのです。しかし、DFreeを活用すれば、あと何時間で排せつのタイミングがくるのか分かるため、安心して外出できるようになりました。人間としての尊厳も守られ、自分らしく生きることをサポートしてくれるわけです」

●人手不足を解決する起爆剤に

 2025年には団塊世代の全員が75歳を迎えるため、介護職員が約38万人不足すると言われている(厚生労働省の試算)。しかし、介護業界にはいわゆる「3K」(キツい、汚い、危険)と呼ばれる負イメージがつきまとっており、人手不足を引き起こしている一つの要因となっている。

 DFreeは、介護の中で最も過酷とされる排せつ介助業務の負担を軽減することで、その負のイメージを改善し、人手不足を解決する起爆剤にもなるかもしれない。

 「悪いイメージが変われば、人を集めやすくなります。『うちの施設はDFreeを導入している』というのが施設のブランディングになるわけです」

 今後、国内だけでなく世界各地で少子高齢化が加速していくため、介護の人手不足は世界共通の課題でもある。実際、DFreeは世界中から高い関心を集めており、既にフランスの介護施設でもDFreeの導入に向けた実証実験を進めている。

 同社は2017年中に欧州を中心に海外展開を加速させ、ゆくゆくは中国や米国の市場も開拓する計画だ。「世界でDFreeが当たり前に使われる社会を目指したい」としている。

 中西社長は「介護の問題を解決するためにも『介護の産業化』が求められている」と語る。

 「実質的には、介護という市場は存在していないに等しいと思います。介護保険制度のもと、巨大な慈善事業があるという感じですよね。介護という産業をきちんと作ることで、効率化を推し進め、それと同時にサービスの質を高めていく必要があります。そうすることで介護の問題は解決へと向かっていくのではないでしょうか」


(鈴木亮平)