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今も青年、血たぎる 赤野エイサーOB 60~79歳18人

5/18(木) 10:33配信

琉球新報

 【うるま】エイサーどころの本島中部、うるま市赤野の元青年たちが区の創立記念事業で久しぶりにエイサーを披露しようと練習に励んでいる。80歳を目前に50年ぶりにパーランクーを手にした人、若いときに青年会に参加できず、長年の憧れをついに果たそうとする人など、それぞれの思いを胸に、現役青年会メンバーと共に週2回の練習で汗を流している。


 区のイベントをもり立てようと演舞を披露するのは、60~79歳までの18人。赤野区はことし創立100周年を迎える。これを記念して28日、うるま市民芸術劇場で開催される第25回うるま市ふるさと芸能デー「全島浜千鳥フェスタ」の舞台に出演しようと、ことし1月から区公民館で練習を重ねている。

 最も年配のメンバーは、1967年に東京で開催された全国青年大会に県代表として出演した7人。当時は初めて県外に出るという人も多く、パスポートを作ることから始めたという。

 最年長は8月に80歳となる宮平清牛さんだ。67年の全国大会派遣を最後にエイサーを引退しており、約50年ぶりに舞うことになる。声を掛けられた際は迷ったというが「もう二度とない機会だ」と思い切った。体調や足腰の痛みで参加を見合わせた同年代の仲間もおり「出られない人の分まで精いっぱい務める」と静かに決意を語った。

 20歳を前に集団就職で東京に出た與古田行雄さん(69)は、青年エイサーの隊列に加わるという積年の願いをかなえる。

 67年の春、高校卒業と同時に集団就職で東京へ。「当時は素行が悪くなることを懸念して、中高生がエイサーに参加することは大人たちが認めなかった」といい、青年会に加わる間もなかった。

 就職した年の11月に赤野青年会が全国青年大会に出演。うわさを聞き、演舞を見ようと駆け付けた。同級生を含む地元青年会の踊りを見たとき、形容し難い感情が湧き上がってきたという。「あれが郷土愛というのか。いつか自分もという思いは捨てきれなかった」

 定年退職し、8年前に地元赤野へ戻り、今回はまたとない機会だと飛びついた。「楽しくてたまらない」と、毎回の練習は30分前に到着し、踊りの習得にどん欲に励んでいる。(新垣和也)

琉球新報社

最終更新:5/18(木) 10:33
琉球新報

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