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【師道を志して 矢ヶ部大輔の一筆両断】「教育勅語」-その精神に学びたい

産経新聞 5/18(木) 7:55配信

 学校法人「森友学園」の国有地売却の問題では、その教育方針について問題視する声も上がり、特に「教育勅語」について批判が繰り返されました。例えば4月5日、毎日新聞の社説では「教育勅語の学校教材活用 負の歴史しか学べない」というタイトルで、その価値を全否定しています。

 社説では「戦前の教育勅語は国家主義を支え、軍国主義を推し進める役割を果たし、戦後、国会の決議で失効した」と述べ、特にその核心を「『天壌無窮の皇運』(永遠の皇位)を助けよ、と要請し、国の非常時のために命をかけよ、と説いている点にある」とします。教育勅語を学校教材として活用するのを否定しないとする政府の答弁書に対し、全否定を求めたものでした。

 要するに教育勅語こそが戦前の軍国主義教育を助長した元凶であるというお決まりの思考パターンです。

 我々がもつべきは、物事を単色に塗り立てる思考法ではなく、先人が日本の国をどう形作ろうとしたのか、という点を理解しようとする態度であろうと考えます。

 伊藤哲夫著『教育勅語の真実』(致知出版社)によれば、教育勅語は明治維新により急速に西洋化する日本において、道徳心の荒廃を懸念される明治天皇が、日本人が立脚する道徳の根本が必要とお考えになり、教育上の基礎となるべき『●言』の編纂(へんさん)を命じられたのが発端です。起草にあたる井上毅は明治憲法の草案作成にも携わっていますが、欧米視察後、日本の歴史について勉強を重ね、国体の理念を、民の心、神の心を知り、それを自己に同一化しようとされた天皇の徳によって国家が始まっていると確信します。

 教育勅語の起草にあたっては政治色、宗教色を排することに苦心し、勅語案に関して元田永孚との間で修正のやりとりが念入りに行われました。そして他の政治上の勅語と区別し、権力の押しつけではなく、徳を自ら実践される天皇の純粋なお言葉として発せられることになったのです。

 教育勅語には「之ヲ中外ニ施シテ悖(もと)ラス」という一節があります。諸外国においても普遍的な価値を示したものとして絶賛されたそうです。書かれている内容は省略しますが、現代の日本においても十分に通用する内容であり、むしろ日本人が大切にしてきたこのような価値が今失われているがために、学校教育が非常に難しい状況になっているのではないでしょうか。

 よく問題視されるのが、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ幸運ヲ扶翼スヘシ」の部分です。これは「国家危急の際には勇気を奮って公のために行動し、いつまでも永遠に継承されて行くべきこの日本国を守り、支えていこうではありませんか」(伊藤哲夫氏の現代語訳)ということであり、東日本大震災の時の自衛隊、消防、警察、自治体の方々の勇気ある行動や、ご家族が犠牲になりながらも互いに助けあった人々、そして死の淵で日本を救った福島原子力発電所の方々の行動と無縁とは思えないのです。

 さて、私は何も教育勅語をそのまま復活させて、児童生徒に暗唱させよと主張しているわけではありません。日本人がいかなる徳を重んじてきたか、という点については教育勅語に学ぶことが多くあり、わが国に主権のない占領下の国会決議で失効したということを強調してタブー視するのではなく、先人の思いを読み解きながら、今後の展望を描くべきだと言いたいのです。

 文部科学省では「特別の教科 道徳」を設置し、道徳の指導の一層の充実を図るために「考え、議論する道徳」への質的転換を求めています。検定教科書も作られ、指導法に関してはさまざまな工夫、改善が必要となるでしょう。

 教師は、日本人の道徳観や美風がいかにして形成されてきたかという点も考慮し、人間教育の根幹ともなる道徳教育への新しい道を開くために、教育勅語に込められた精神を正しく理解すべきだと考えます。

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【プロフィル】矢ヶ部大輔

 やかべ・だいすけ 昭和43年福岡県柳川市生まれ。福岡県立伝習館高校、広島大学文学部卒。平成3年度から福岡県立高校英語科教諭。三池高校、伝習館高校などで勤務。24年度から福岡教育連盟執行委員長。

●=くさかんむりに咸

最終更新:5/18(木) 7:55

産経新聞