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【夢を追う】元C-C-Bドラマー・笠浩二さん(4)友の死、震災を乗り越えて

産経新聞 5/19(金) 7:55配信

 《熊本地震の前にも、悲しい出来事に襲われた。「C-C-B」のリーダーでベーシストだった渡辺英樹さんが平成27年7月13日、亡くなった。享年55だった》

 英樹さんとは高校時代からバンドをやってきて、兄弟みたいな存在でした。親よりも長い時間をともに過ごした。けんかをしても、何を怒っているかが互いに分かるほどでした。彼と一緒に音楽をやれたことは、今も誇りです。

 バンド解散後もメンバーが時に集まり、セッションをしたのは、リーダーが一生懸命、間を取り持ってくれたからだと思う。

 C-C-Bは僕らの原点です。過去のわだかまりより、この原点を伝えようと、元メンバー4人で話がまとまった。再結成してアルバムを出して、できるところまでやっていこうとなりました。

 27年6月、熊本と関西、東京でのライブツアーを計画しました。僕の両親はライブを生で聴いたことがありません。それを知っていた他のメンバーが「熊本でやろう」と言ってくれた。優しい気遣いがうれしかった。

 でも、熊本でのライブの2日前、英樹さんが緊急入院した。予定されていたライブはすべてキャンセルとなった。みんなともう一度、ロマンチックを演奏したかったのですが、バンドの柱だった英樹さんが亡くなって、かなわぬ夢となりました。

 《喪失感の中、何とか前を向こうとしたが、試練は続いた》

 昨年4月14日のことは忘れもしません。日中、テレビを見ていた父が「おい、また捕まったみたいだぞ」と、声を上げたんです。

 C-C-Bの元メンバーが薬物事件で逮捕されたのです。「また」と言った通り2回目です。世間からは「甘い」と言われるかもしれませんが、僕は更生してくれると期待していた。もう完全にアウトです。

 誇りにしていたC-C-Bが傷つけられる。悔しい思いで一日を過ごしました。その夜に1回目の大きな揺れが来たんです。

 16日の本震は真夜中にトイレから出た直後でした。「ドーン」と来て、ずっと揺れた。「違う」と思いました。電気とガス、水道がストップ。父が懐中電灯をつけて家の中を確認すると、家具が倒れていました。危ないから家族で車中泊をしました。

 《生活が落ち着きを取り戻すと、いち早く、南阿蘇の復興へ動き出した》

 ツイッターやフェイスブックで南阿蘇の被災状況を発信しました。すると、東京のミュージシャンやタレント仲間、ファンの人から支援の申し出が相次いだ。支援物資を送るという人と、村役場の橋渡しをしました。

 そして僕ができることは、音楽しかありません。一人でも多くの被災者が、前向きになれるきっかけをつくりたかった。

 熊本のローカルタレント、英太郎さん(41)が作詞作曲した「明日へのエール」をインターネットで配信することを提案しました。九州北部豪雨(平成24年)の被災者を勇気づけようと、作られた曲です。地元のミュージシャンやタレントに呼びかけ、賛同してくれた55人で歌い継ぎ、ネットで無料配信されました。

 《昨年12月、26年ぶりのベスト・アルバム「RYU+」を発売した。被災地復興への決意も新たにする》

 南阿蘇を拠点に音楽活動を続けたいと思います。地震前まで自宅近くにスタジオを借りていたんですが、新たに自宅敷地内に小さなスタジオを作ることにしました。

 熊本でのライブも実現したい。帰ってきてからの自分なりの故郷への恩返しだと思っています。

 それと、僕らの誇りである「C-C-B」というバンドを、若い人に伝えていきたい。「あの人は今」とかの番組には正直、出演したくないけれど、テレビに出ることで、僕たちの音楽性を伝えることができるなら考えます。

 「ロマンチックが止まらない」を聴いてもらい、「良い曲があったんだなあ」と思ってもらえたら最高。まだまだ頑張る決意です。(聞き手 南九州支局 谷田智恒)

最終更新:5/19(金) 7:55

産経新聞