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地下芸人を辞めて会社員になって感じたこと

STORYS.JP 5/18(木) 22:10配信

物事に慣れてしまうと、気付けなくなる事がある。
「会社に勤める」こともそうだ。

本日は、地下芸人を辞めて会社員になった人のエピソードを紹介したい。
芸人であることが当たり前だった彼にとって、会社員生活はアリエナイの連続だった。

もしあなたが会社勤めなら、
毎日を新しい目で見つめられるかもしれない。

- 地下芸人を辞めて会社員になって感じたこと -

『どうもありがとうございました~』

多分、僕が芸人最後のステージで放ったセリフはこれだった気がする。
基本的にこの言葉で締める”挨拶終わり”という手法は、芸人界ではスタンダードな終わり方だ。
”多分”とつけたのは、正直自分の最後のステージのことはあまり覚えていないからだ。
でも、ネタの締めをほぼ”挨拶終わり”にしていたので、きっと最後もそれだったと思う。

そんな過去を持つ僕は、陽の光を浴びることがなかった元地下芸人だ。
そして僕と同じようにその道を諦めた芸人は世の中に驚くほど存在する。
ある大手お笑い事務所では毎年200人近くの芸人が生まれ、3年以内に7割以上は辞めるとも言われているほどだ。

では、そんな夢破れた芸人たちはその後どうしているのか?
当たり前だが普通に働いている。
社会に溶け込んでなんら変わりない日常生活を送っている。
それはもちろん自分も例外ではない。

ただ、芸人の世界というのは一般のそれとは異なる世界であることは確かだ。
その感覚を持ち合わせたまま一般社会に入り込むと数々のギャップが生じることになる。

今回、僕が感じたそのギャップを実体験をもとに話していこう思う。

◇ 入社してすぐに気付いた異変

僕は所属事務所を辞めて映像制作会社に入社した。
芸人時代から趣味で撮影と編集を行っていたのでそういう会社に興味は持っていたのだ。
入社初日に会社に訪れると社員の方が現れて自分の部屋に案内してくれた。

社員の方「こちらでお待ち下さい。」

そう言われた場所は僕のデスクだった。
僕(おれのデスク!?)

泣きそうだった。
今までは「楽屋」とか「ステージ」にいた自分が、遂に、憧れていた「オフィス」の「デスク」に腰を降ろしているのだから。
当時は一生社会に復帰することはないだろうと思っていたが、人生やはりどうなるかわからないと身をもって感じたのだ。

僕「本日から入社致しました。よろしくお願い致します。」

僕のデスクがあるフロアには、その時3人くらいの社員の方がいたので挨拶をした。

すると、

フロア社員「よろしくおねがいします…。」
フロア社員「…。」

僕(…声ちっさっ!!)

そうなのだ、僕が会社員になって感じた芸人との最初のギャップは声のボリュームだった。
みんな声が小さいのだ。
しかし、これは今まで周りにいた人間の声がデカかっただけで社員の方のボリュームが正常なのかもしれない。

そういえば芸人になって間もない頃、僕は常々声が出ていないと先輩芸人に言われ続けた。
『ボソボソ喋っても面白さが一個も伝わってこないぞ』と。
もしこの社員の方が芸人になるというなら今すぐこの言葉を言ってあげたかった。

それだけ芸人にとって声を張るということは基本中の基本なのだ。
だから芸人には声がデカい連中が多い。
無駄に挨拶もデカい。楽屋では『おはようございます』『お疲れ様です』が響き合っている。
そんな場所に慣れてしまったせいか今目の前にいる社員の方の声が全然聞こえないのだ。

挨拶を済ませたあと、僕は自分のデスクで必要書類を記入していた。
記入を終えてすることもなくしばらく待っているとあることに気付いた。

…。
…。

僕(静か過ぎる!)
僕(え、誰も喋らないの?)

これは後々わかってくることなのだが、この仕事は朝出社してPCの電源をつけて作業し、PCの電源を切って退社するまで会話をしないということが一部の人間では成り立つのだ。
しかし、そんな事はこの時は知るはずもない。
今の自分には、ただキーボードを叩く音しか聞こえてこない。

僕はこの状況に恐怖を感じた。
なぜなら元芸人という職業柄、間が空きすぎることが怖いのだ。
スベって静まり返ったあの無言の時間がフラッシュバックしてくる。
だからこのシーンとしている空気が最初は絶えられなかった。

芸人モードの僕「喋れよっ!!」

…と、さまぁ~ずの三村マサカズさんばりのツッコミを入れたいところだが、
ここはそういう場所ではないことに少し寂しさを感じたりもした。

◇ 会話の仕方

それから数週間、
社員の声が小さいこととシーンとしている空気に慣れるようにした。
しかし今度は、喋れないことへのストレスが生まれてきてしまう。

なんでみんな喋らないのか疑問だったが、あることに気付いた。
この会社ではPCで作業することが主なためPCにメッセンジャーアプリがインストールされている。
つまり、みんなメッセンジャーを使って会話をしているのだ。

僕(喋ったほうが早いじゃん…)

素直にそう思ったわけだが、発言を記録するためにはメッセンジャーを使うことが非常に意味のあることだと教えられた。

…それでも喋らないのは気持ち悪い。
普段しゃべらない人は気にならないかもしれないが、僕は喋りたい方の人間なのでこのままでは気が狂いそうになるのだ。
ネットで検索すると一般男性は1日平均1万語喋らなければ脳がボケると書かれていた。

気がつけばこの会社に入社してから発言しているフレーズは

「おはようございます!」
「かしこまりました!」
「ありがとうございます!」
「はい!」
「おつかれさまです!」

あ、このままじゃボケる(汗)!

そう思った僕は、平日の語数を取り返す勢いで土日にとにかく人と会って喋りまくった。
そうやって精神のバランスを保っていた。普通に社員の人に話しかければいいじゃんと思われがちだが、僕は会話をすべて拾いあげてツッコミを入れてしまう性格のため絶対に失礼なことを言う自信があった。なのでうかつに話しかけることが出来ない。
現に社員さんたちのわずかな会話のやりとりもツッコミたくてしょうがないのだ。
だから、僕にとってメッセンジャーは違った意味で便利なツールだったのかもしれない。

しかし、それからまた数週間が経つと当たり前のようにメッセンジャーでやりとりする自分がいた。
特に会話も無いが、その分は会社の外で補っているので問題ない。なんだかそういういう状況を内心楽しんでいたりもした。
このあたりから完全にオンとオフの自分が出来上がってきていることに気づくのだ。

◇ 仕事のオンとオフ

オンとオフの切り替えというフレーズをよく聞くが、僕は会社員になってはじめてそれが理解できた。
それもそのはず。地下芸人の場合、オンとオフの境目があまりない。
強いて言うなら仕事の大半がライブのため、ステージに立つときがオンなのかもしれない。
だが、ステージを降りたからと言ってオフになるわけではないのだ。
『売れるため』には、ステージを降りた後も何かしら考えて行動する必要がある。
ネタをつくり、ネタを合わせ、ネタ見せオーディションに行ったりする。その間にブログを書いたり、SNSで次のライブ告知をしたりなど売れるためにやる事はたくさんある。だから常にオンの状態なのだ。

それと比べると、どうしても会社員というのは毎月給料が振り込まれる保証がある以上、ハングリーさに欠けている印象を持ってしまう。
通勤電車のつり革には『本気』というワードを使った就職サイトの広告が貼られていたが、僕が目の当たりにした社員の方々は早く帰るために本気で仕事をこなしていた。
会社員は『生活のため』に働いている。芸人は『売れるため』に生活している。
薄々勘付いていたが、働き方や仕事に対する考え方はやはり根本的に違うのだ。

◇ 仕事があることへの感謝

芸人時代は仕事なんてほとんど無かった。あったとしても驚くほどギャラが安かったり…。
仕事を取ってくるのは事務所の仕事ではあるが、当時の事務所はそこまで機能していない。
なぜなら売りになる芸人がいなかったからだ(悔しいが)。

だからライブにお客さんを呼んで知名度を上げていくしか自分たちに出来ることは無かった。
僕はこの時に仕事をもらう為の苦労を知ったわけだが、会社員になって驚いたのは常に仕事があるということ。
やってもやっても次々に新しい仕事が舞い込んでくる。
地下芸人からするとこの状況は売れていることに値する。さすがの株式会社だ、信頼と実績が違う。
社員の方はみんなやってもやっても仕事が舞い込んでくることに対して、

社員「あーこの案件あと少しで終わるぞ~」

営業「はい!次の仕事(ポン)!」

社員「休みが欲しい…」

と嘆いていたが、僕からすると幸せな悩みでしかなかった。
営業してくれる人がいるってこんなにもありがたいことなのだと、制作部の誰よりも自分が思っていたに違いないだろう。

僕「仕事が欲しい…」

営業「あるよー(ポン)!」

僕「あざっす!」

これも自分で仕事をしてみないとわからないことなのかもしれない。
僕は会社員になって組織の強さを知ったのだった。

◇ 福利厚生が最強

そして、会社員の素晴らしさを存分に味わえたのは福利厚生だ。
『完全週休2日制』
『交通費全額支給』
この2つだけでも涙が出そうだった。

飲食店の深夜バイトで生計を立てていた自分にとって土日祝を休めるというのは衝撃的な特典だ。
ゴールデンウィークを全日休んだのも数年ぶりの気がする。

そして、東京に来てはじめて定期を買った。
当時住んでいた杉並区から会社のある渋谷区まで自由に乗り降りが出来るようになったので休みさえあれば渋谷または代々木公園に繰り出していた。
芸人時代は池袋・新宿・渋谷は自転車移動圏内である。移動にお金をかけるなんてもったいない。
普通の人からしたら特にありがたいものでもないのかもしれないが、僕からすると気絶しそうなくらい嬉しい手当に感動していたのは事実だ。

芸人と会社員でわかりやすく違うことと言えば、福利厚生といった保証の有無だと思う。
芸人は保証が無いところで勝負している分、当たればデカイ。しかし、当たる保証なんかあるわけない。そんな中、ブレイクを夢見て乏しい生活を送っている。
一方会社員は会社に守られている。これほど安心なものは無いとつくづく思う。
僕が芸人だった頃はそういった保証というぬるま湯に嫌悪感を示していたのだが(とがってたので)、こうして与えられてみると本当にありがたみを感じてしまう。

僕は会社員になって視野が広がった。ちゃんと社会との接点を持つことも出来た。
会社のルール、社会のルールというものを知ることが出来た。
確かに会社員をやっていると納得できないことも多くあるが、僕は芸人から会社員になったことは後悔はしていない。むしろこのような経験を重宝している。
実を言うと今ではその会社も辞めて個人で仕事をしている。しかし、それも会社員の経験があってのことなのだ。
保証の無い生活から会社員を挟んでまた保証の無い生活に戻っているというのも、自分自身なかなかおもしろいストーリーだなと感じるのであった。

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◇ 次第に自分にとって当たり前になってくる

このように会社員にとっては当たり前のことでも、元地下芸人のフィルターを通すと見え方や感じ方が違ってくるということが僕の言いたかったことです。
しかし、人間の慣れというのは怖いものでこの会社に入って1年する頃には入社当時の違和感やありがたみなどはだいぶ薄れて当たり前になってくるのです。
それが良いのか悪いのかわかりませんが、今回の記事で元地下芸人が会社員になった時にどんなことを感じているのか、その一例を知って頂ければ僕はそれで満足です。

余談ですが、1年後からこの会社は徐々にブラック化してきまして…当たり前のことすら出来なくなってきます(汗)。そのあたりから個人で働く考えが芽生えてくるのですが…。

長くなりましたがこの辺で終わりたいと思います。
最後まで読んでいただき、

『どうもありがとうございました~』

最終更新:5/18(木) 22:10

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