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利益ないけどやめられない 笑顔で子ども迎えて40年「いきがいだね」 宜野湾市の駄菓子屋よっちゃんの店

5/18(木) 10:25配信

沖縄タイムス

 「おかえりー」。沖縄県宜野湾市宇地泊の大謝名郵便局裏手にある「駄菓子屋よっちゃんの店」の店主、本永佳子さん(77)は子どもたちを笑顔で出迎える。約40年前に本永文具店として開業し、駄菓子屋となって約20年がたった。利潤は一切なく、店は維持するので精いっぱいという。それでも「子どもたちとの触れ合いが生きがい」と年中無休で店を開ける。(中部報道部・勝浦大輔)

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 1975年、60所帯ほどあった「外人住宅」の一角を買い、那覇市から宜野湾市宇地泊に移り住んだ。「道の向こうはターンム(田芋)畑でね。来た時は何もなかったよ」。ペン一つ買うにも市大謝名の文具店に足を運んだ。下の子が1歳に満たなかったため「家で何かできないか」と考えていた本永さんが、76年に文具店を始めるきっかけとなった。

 ノートやかばんなどの学用品、プラモデル、キャラクターグッズなど何でもそろえた。体操服も真っ先に取り扱った。今でも店頭にある「大謝名小学校体育着指定店」の看板は、文具店だった名残であり誇りだ。

 当時は文具メーカー「ぺんてる」のネオン看板が掲げられていたことから“ぺんてるのおばちゃん”の呼び名で親しまれた。

 80年代後半から90年代にかけて進出した100円均一ショップの普及に伴い、文具店の数は減っていった。「卸屋さんも文具以外にお菓子を卸すようになって。時代の流れだね」。自然に店は駄菓子屋となり、本永さんの呼び名も店名の“よっちゃん”へと変わった。

 「どれにしようかな」「(お菓子の)くじ引こうよ」-。放課後になると、近隣の小中学校の子どもたちが目当てのお菓子を買いにやって来る。文具店だった頃のお客さんの子や孫の姿もあり「顔を見れば○○さん家の子どもと分かるよ」と自慢げだ。

 近年の都市開発で町は様変わりし、店に来る子どもの数はここ5年ほどでだいぶ減ったという。それでもよっちゃんはへこたれない。「地域の一部として、根を下ろしているからね」。まだまだ店を閉じるつもりはない。

最終更新:5/18(木) 10:25
沖縄タイムス

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