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人生、愛、金…メスト・エジルの“流儀”とは?サルの檻から成功をつかむまで/独占インタビュー

GOAL 5/19(金) 11:38配信

メスト・エジルのフットボール人生はドイツから始まり、スペインを経由してイングランドへたどり着いた。今やすっかりロンドンに腰を落ちかせる28歳の青年は、ロンドン北部にある“お気に入り”だというレストランで、トルコの伝統的なチューリップ型のグラスを傾けながら『Goal』のインタビューに応じてくれた。

■本人が語る、エジル少年の歩み

「シンプルに言って、ここでの生活はとても気に入っているよ。素晴らしいの一言だね。ロンドンは世界的な街でたくさんのことができるんだ。多くの異文化に囲まれて本当に快適だね」

インタビュー場所となったトルコレストランは特にお気に入りで、憩いの場になっているという。

「僕はこのお店の人たちが大好きなんだ。今はもう僕の家族の一部みたいなものさ。ここで出してくれる料理はトルコにルーツを持つ母がいつも作ってくれた料理にとてもよく似ているんだよ」

「僕は生まれも育ちもドイツだけど、トルコ国籍も持っているし、両親がどちらもトルコ出身なんだ。そのことにとても誇りを持っているよ。フットボールを通じてドイツとトルコの異なる文化について学ぶことができたし、それは人として成長する上でとても大切なことだったと思っている。一つの物事を様々な角度から見ることができるようになったからね」

エジルはドイツのゲルゼンキルヘンにあるブルムケ=ヒュレンという小さなトルコ人地区で育った。彼の母は掃除婦で、父は工場労働者だった。物には恵まれなかったが、決して不幸な少年時代を過ごしたわけではない。彼は新たに出版された自伝『Gunning for Greatness』の中で、幼少時代を「金網に囲まれたサルの檻でプレーしていた痩せこけた少年」だったと綴っているが、その経験は後にドイツ代表のメンバーとなり、アーセナルで活躍するために非常に重要なものだったのかもしれない。

「幼少期、僕がフットボールを始めた頃の環境は決して十分なものではなかったよ。 僕たちが“サルの檻”と呼んでいたコートはセメントでできていて、転んだりしたらすぐに出血するような怪我をしてしまうんだ。でもその経験は今の僕にとって必要なことだったのかもしれない。いつも自分より体格のいい年上を相手に狭いスペースでプレーをしていたから、そのためのスキルが自然と身についていったんだ。自分の成長を考えれば貴重な環境だったね」

さらに、自身の幼少時代をこう振り返った。

「学校ではどんな授業もベストを尽くすように努めていたけれど、頭の後ろ側ではいつもフットボールのことを考えていた。その頃から僕にとってフットボールは人生、そして愛だったんだ。いつもピッチの上では成功していたいし、すべてを完璧にこなしたいと思っていたよ。それにそう思うことでピッチに立っているとき以外の考え方もいい方向に変化していった。要するに、僕はその頃からフットボールがシンプルに好きだったんだ」

■フットボーラーとして成功するための秘訣

また同著には、10代で顔を知られるようになったことについても詳細に書かれている。

「注目されることは全然好きじゃなかったよ。もちろん今はどこにいても皆が僕に気づくけど、僕はただ親しい人とだけ一緒にいたいんだ。若いうちにキャリアをスタートさせてからは、自分のことを好きな人とそうじゃない人の両方がいるということが分かったし、自分がどんな人間なのか、誰が僕をサポートしてくれるかも理解していたよ。そういった意味では落ち着いた人間だったと思うね。今でも自分には何ができるかが分かっているし、他の人に惑わされたりはしないんだ。もちろん、世界最高峰のリーグのビッグクラブでプレーするのなら評判は大切だとは思う。でもそれに惑わされすぎることは嫌だし、自分が望む方法で人生を楽しむことのほうがよっぽどいいと思うね」

そして、フットボール選手を目指す子どもたちにはこのような想いがある。

「多くの若いプレーヤーやその両親が僕のところにやってきて、フットボール選手として成功するためにはどうしたらいいかを聞いてくるんだ。だから僕はその想いを本の中に綴ったよ。“子どもにとって最も重要なことは楽しむこと。才能と少しの運があれば自分の道を歩いていけるし、誰もそれを止めることはできない。自分自身のために努力し、自分を信じること。そして楽しむことが必要だ”ってね。そうすれば夢は叶うはずなんだ」

そんな少年時代を過ごしたエジルはメキメキと頭角を現し、FIFAワールドカップ2010年大会では魔法のようなプレーをして、一気に世界の表舞台に現れた。特に決勝トーナメント1回戦であるイングランド戦ではガレス・バリーをいとも簡単に翻弄し、ドイツサポーターのみならずイングランドのサポーターたちにも衝撃を与えたのだった。

■ドイツ代表とイングランド代表の違い

ドイツ代表はこの3年で経験豊富な選手が何人も引退していった。いまや、28歳のエジルがベテランに数えられるほどである。このまま欧州予選を勝ち抜けば、チームで最も豊富な経験を持った選手のひとりとしてワールドカップに臨むことになるはずだ。

エジルは「多くの若いプレーヤーが活躍しているね」と微笑み、ドイツ代表とイングランド代表の違いをこう語る。彼によると、ドイツ代表が成功しているのは選手に全幅の信頼を置いていることが要因だという。

「ドイツでは若いプレーヤーに大きな関心が集まるし、才能ある選手にはトップチームでポジションを確立するチャンスが与えられるんだ。それに対してイングランドのクラブは、TV放映権から得られる莫大な収益があって、世界中の至る場所からどんな選手でも買うことができるよね。でもドイツのように自分の国の選手が自分の国で成長を遂げることも大切なんじゃないかな。選手の才能を信じることが成功に繋がるんだからね」

■東京で鳴り響くエジルのチャント

エジルは昨シーズンのプレミアリーグで誰よりも多くのアシストを記録したが、現在のところ昨年ほどの輝かしい活躍は見せられていない。しかしそれでも、リーグでは現在までに8ゴール8アシストの記録を残している。そんな彼の人気は欧州だけにとどまらない。日本でも試合の日となれば、アーセナルのサポーターが集まる東京のパブで、日本人のファンたちがエジルの有名なチャントを歌っているのだ。その動画を彼に見せると、彼の表情はすぐにぱっと輝いた。

「いくつかのクラブでプレーしてきたけど僕のチャントが東京で歌われるなんてね。僕にとっては、とてもユニークなことだよ。初めてチャントを聞いたときは鳥肌が立ったけど、それは今でも変わらないよ。改めて素晴らしいサポートに深く感謝したいね」

■CLで味わったキャリア最高の瞬間と失望

さらに話はチャンピオンズリーグに及び、ルドゴレツ・ラズグラド戦で決めた素晴らしいゴールについても尋ねてみた。このゴールはCL史上に残るベストゴールのひとつだと多くの人が語っている。エジル自身もこれほど鮮やかにゴールを決めたことはないと話している。

「自分が決めたいくつかのゴールには誇りを持っているけど、特にルドゴレツ・ラズグラド戦のゴールはウイニングイレブンの中のゴールみたいだったね。相手選手を3、4人かわしてゴールを決めたんだ。あとでゴールシーンを見てみたけど、キャリア中でもまさにベストのゴールだと思ったよ」

もっとも、あらゆる幸せの瞬間の後には悲しい瞬間が訪れるものだ。彼にとっても、例外ではなかった。2月に行われたCLのバイエルン・ミュンヘン戦での屈辱的な敗戦は、エジルのキャリアの中で“最も暗い時間”だと形容される。彼のパフォーマンスについては様々なジャーナリストや評論家から疑問を突きつけられ、ハードワークをしていないと酷評され、ネガティブなボディランゲージについても批判を受けた。

「僕のことを好きな人もいればそうでない人もいる。僕のボディランゲージを見て無礼だと思う人もいるかもしれないけれど、これが僕なんだ。今さらボディランゲージやプレースタイルを大きく変えるつもりなんてないさ。それに、積極性が足りないとか走らないとか言われるけれど、データを見れば僕がたくさん走っていることやいいパフォーマンスをしていることは分かるはずなんだ」

そして、自分に言い聞かせるかのようにこう続けた。

「僕は常に高い期待を掛けられてきた。違いを生み出せる選手だからね。いつだって批判と称賛があることは理解しなければならないと思っているよ」

しかし、彼は負けを認めない選手ではない。きちんと敗戦を受け止め、次へと目を向けることのできる選手である。

「バイエルン戦は本当に失望したよ。ハーフタイムの時点では1-1で引き分けていたしね。後半で一気に負けてしまったのは、僕だけじゃなくチーム全体にとっても苦い経験だったと思う。ゲームが始まる前から非常に難しい試合になることは分かっていたけど、勝てると信じてピッチに立ったんだ。僕自身はバイエルンの強さがここ数年ほどではないと感じていたし、次に駒を進める要素があると思っていたしね」

負けた試合の後は多くの場合、ネガティブな感情に覆われる。だが、エジルは自分が受けるプレッシャーはエリート選手としてのメンタリティを鍛える助けになっていると話す

「キャリアをスタートさせた頃は、負けたらそのことばかり考えて長い時間怒りを感じていた。もちろん、今も試合に負ければ似たような気持ちになることはある。たけど、起きたことにばかり頭を使うのではなく、前を向かなくてはいけないと強く思うようになったんだ。うまくいく試合があれば、悪い試合もある。人生は続くし、いつもフルスロットルで進み続けるべきなんだ」

このような考え方ができるようになった背景には、レアル・マドリーの一員であったことがあるという。

「レアル・マドリーにかけられている期待は、アーセナルや代表を含めた他のどのチームとも比較できないものだからね。レアルでは、たとえ相手がバルセロナであっても、全ての試合に勝たなくてはいけない。引き分けだって許されないんだ。でもそういう意味でジョゼ・モウリーニョは本当に僕を助けてくれたと思う。いつも僕を支えてくれたし、僕の状態を常に気に掛けてくれていたんだ。今振り返ればレアルでは素晴らしい瞬間がたくさんあったよ。多くの友人にも恵まれたしね」

■「ヴェンゲルの去就が僕に影響することはない」

2013年にロンドンへやってきたエジルとアーセナルの契約は今シーズン終了までとなっている。同時に、アーセン・ヴェンゲル監督も契約が残りわずかとなっている。果たして、ヴェンゲルは今夏に契約を更新するのだろうか。指揮官の去就はエジルにとっても契約更新をするか否かを決断する上での重要なファクターとなるはずだ。

「監督が契約を更新するかどうかが全てではないよ。もちろん、ヴェンゲルはアーセナルに加入するよう僕を説得してくれた人だし、僕がここにやってきた主な理由でもある。それに彼はアーセナルを世界有数のクラブにした偉大で経験豊富な監督だ。リスペクトしなくてはいけないよ。でも監督がクラブに残るかどうかで僕自身の去就を決断するようなことはないね。僕にとって重要なことはチームとして成長して目的を達成することなんだ。

エジルは自伝の中で、中国リーグのあるクラブから5年間で手取り1億ポンド(約140億円)というオファーがあったことを明かしている。しかし、そのオファーを断るのに3分もかからなかったそうだ。

「フットボールにおいて、お金が重要だと思ったことは一度もないよ。僕が今もフットボールをしているのは、単純にフットボールが好きだからなんだ。もちろん、ピーナッツをもらってプレーすることはできないし、中国からのオファーは魅力的で興味深かった。でも、だからと言ってお金が全てではないんだ。タイトルを勝ち取りたいし、成し遂げたい目標もある。そっちの方がお金よりも重要だよ。だから中国に行くことは最初から僕のオプションには入っていないんだ」

また最近では、エジルがルーツを持つトルコの名門フェネルバフチェが複数年契約を用意しているとの噂もある。だがそれについても否定する。

「フェネルバフチェの移籍に関しては、本当にたくさんの人に聞かれるよ。家族も友人もその噂を聞きつけて“あのクラフ゛に入れ!”とか“あそこに行け!”とか言い続けるんだ(笑)。でも今の段階ではアーセナルとの契約が残っているし、トルコや他のリーグに移籍をすることは考えていないね。将来、何が起こるかは誰にも分からないけど、僕はここで本当に快適に過ごしている。これが確かな答えさ」

そして、あまり聞かれることのない心の中も明かしてくれた。

「僕には僕が気づかないことを見てくれている人がいて、何年もの間、100%信頼し続けられる人たちがいる。一緒に成長してきた家族や友人がいるのさ。彼らは僕がフットボール選手として成功しているかどうかに関わらず、僕をサポートしてくれる。メスト・エジルという一人の人間として接しくれるんだ。それはとても嬉しいことだね。でも16歳でプロ選手になってからは、 “親友のふり”をする多くの人たちとも出会ったよ。そういう人たちはフットボール選手の周りに寄ってくることもあるんだ。“真の友人”を持つフットボール選手は少ないと思うな」

■フットボールへの想いは、変わらない

伝統的な10番が担う役割とその定義は、今から10年以上前にエジルがシャルケでデビューを飾って以来、徐々に進化してきた。エジルはフォワードの後ろでプレーすることに最も快適さを感じているが、現代では多くの監督が幅広いプレーメイキングをできる選手を好むこと、そして、フォーメーションやプレースタイルに合わせてポジションを変化させることのできる選手が求められていることも分かっている。

「僕のポジションは攻撃にたくさんの可能性やオプションがあって、パスを選択することも自分でゴールを決めることもできる。僕はいつも試合をコントロールしたいと思っているんだ。若い頃からずっとそうしてきたから、10番をつけてそのプレーができることはとても快適だね」

アーセナルのレジェンドであるデニス・ベルカンプと比較して語られることも多いが、それに対する嫌悪感はない。だが、彼はあくまでも自分の能力を認めてもらうことにこだわる。

「ベルカンプと比較されるのはとても誇らしいよ。アーセナルにとってベルカンプは生きる伝説だし、素晴らしいプレーヤーだからね。でも本当は誰かと比べられたくはないんだ。僕には僕のスタイルがあるし、それは子どもの頃から積み重ねてきた結果なんだからね。ベルカンプと比較されることは誇らしいけど、僕はメスト・エジルなんだ」

フットボール選手、メスト・エジルはどこにいてもただフットボールが好きな一人の人間なのだろう。フットボールに対する愛情は、初めてボールを蹴った幼少時代から変わらない。そして、それが彼を成功に導く一つの原動力となっている。

批判を受けても、たとえイングランド以外の場所でプレーをすることになっても、その想いはきっと変わることはないだろう。

文=クリス・ホイットリー/Chris Wheatley

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最終更新:5/19(金) 11:38

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