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東海道貨物支線の旅客列車運行計画はどうなった?

5/19(金) 7:10配信

ITmedia ビジネスオンライン

 1年前の2016年4月7日、国土交通省の交通政策審議会は「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について(案)」を発表した。これは、14年に国土交通大臣から発せられた諮問第198号「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」に対する回答案だ。国から「これから東京の鉄道はどうあるべきかまとめなさい」という依頼を受けた、その回答である。

【パンフレットに示された検討ルート】

 この案について、発表翌日の4月8日から14日までパブリックコメントが募集され、団体・個人合わせて140人から314件の意見が寄せられた。これらの意見を尊重した上で、4月20日に委員会が開催され、“案”は正式に“答申”に決定。国土交通大臣に提出された。諮問第198号に対する“答申第198号”として、2000年の運輸政策審議会答申第18号「東京圏における高速鉄道を中心とする交通網の整備に関する基本計画について」を更新した。

 “答申18号”は、15年度を目標とする基本計画として、東京圏の鉄道新線計画の記事などで紹介されていた。当時の運輸大臣に提出された内容だから、実質的に国のお墨付きを得た案件となり、実現へ向けて自治体や鉄道事業者が動き出す根拠となっている。今後は答申18号に替わり答申198号が根拠になり、30年ごろの実現、着手を目標とする。各事案について当事者が具体案を策定し、時間と費用を費やして開業へ向けて進んでいく。

 答申198号のなかには、表立って動きが活発な路線と、動きが見られない路線がある。動きが活発な路線は新空港線(いわゆる蒲蒲線・矢口渡~蒲田~京急蒲田~大鳥居)だ。東急電鉄が関心を寄せてから進展があり、大田区は17年度中に事業主体を設置する方向だ。また、JR東日本の空港アクセス線(田町付近~東京貨物ターミナル~羽田空港)も、具体的なルート、方向性、事業費の概算見積もりが行われ、残すは費用負担の解決という段階にあるようだ。

 その半面、動きが見られない路線もある。関連自治体の公式サイトでも新規の情報がない。年に1回程度の定例協議会が行われる程度。答申198号でも「課題が多い」とコメントされた路線たちである。「国は事業の意義を認める。あとは問題を解決して進める努力をしなさい」というわけだ。国が認めた事業だから、実施に当たって国の補助を期待できるし、国から自治体への支援という形もあり得る。しかし、そこに至るまでの課題解決が困難な事例もある。

●粛々と調査中?“東海道貨物支線の貨客併用化”

 “東海道貨物支線の貨客併用化”も、表立って動きが見られない路線の1つだ。13年に調査列車を走らせた時は新聞報道もあった。しかし、その後の動きが目立たない。実は、その後、年に1回のペースで予定ルートの「現地調査会」を実施している。粛々と「研さんを進めている」という状況だ。

 17年3月末、東海道貨物支線貨客併用化整備検討協議会は新しいパンフレットを製作し、公式サイトで公開した。しかし、デザインは変わっても、内容は前作とほとんど変わっていない。協議会の発足から約17年もたつというのに、概算見積もりの数字もない。これでは費用対効果も算定できず、説得力に欠ける。

 東海道貨物支線貨客併用化計画は、いま、どうなっているか。協議会事務局を置く神奈川県県土整備局都市部交通企画課に聞いた。その話の内容を記す前に、東海道貨物支線貨客併用化計画の検討ルートを紹介しよう。実は、私も誤解していた部分が2つある。

 1つは用語だ。東海道貨物支線の“旅客化”ではなく、“貨客併用化”だ。京葉線のように、貨物線として計画、建設された路線を転用し“旅客線化”する計画ではない。武蔵野線のように貨物線として建設した路線を旅客列車も運行できるように改造する構想だ。“貨物列車を残す”を明確にするために貨客併用化という言葉を使っている。羽田空港再国際化のあとも国内線は存続しているし、旅客化でも良さそうだけど、貨物列車に対する配慮、遠慮が込められた感がある。

 もう1つは、意外にも新線建設区間が長い。198号答申では“一部を新線とし”とある。添えられた路線略図は新線区間が明示されていない。図をよく見て、実際の路線と照らし合わせると分かるが、総延長約33キロメートルのうち、約15キロメートルが新線建設区間となる。一部というより、約半分が新線といえる。

●新線建設区間の狙い

 新線区間を北から見ていくと、品川~東京貨物ターミナルが新線だ。JR東日本の空港アクセス線は、田町~東京貨物ターミナルの休止線を使う。ここは貨客併用化計画では触らない。並行する形で新線を建設し、品川駅に至る。

 当初は新幹線駅に接続させる意向で品川駅を選んだ。現在はリニア中央新幹線の起点に決定している。品川、田町周辺の再開発計画も魅力的で、結果的に品川接続案の魅力は増している。198号答申では、東京都の意向で盛り込まれた「都心部・品川地下鉄構想の新設」もある。六本木と品川を結ぶ路線と東海道貨物支線が直通できれば、双方の計画にとってメリットは大きい。

 東京貨物ターミナル駅付近のやや南から東海道貨物支線の共用となり、浜川崎駅の北側から横浜山内ふ頭付近までが長大な新線区間だ。横浜山内ふ頭で東海道貨物支線に合流し、桜木町駅に至る。この新線区間には、東海道貨物支線の混雑区間の迂回(うかい)と、臨海地域の鉄道空白地帯を解消する狙いがあるようだ。

 東海道貨物支線は川崎方面に曲がり、鶴見を経由する。ここから南側は貨物列車の運行本数が多い。品鶴線(新横須賀線)や横浜線経由の貨物列車が合流するからだ。また、東海道本線・京浜東北線・京浜急行電鉄も並ぶことから、この区間の旅客列車運行は過剰投資になりかねない。

 新線ルートは、混雑区間の迂回と、臨海地域の鉄道空白地帯を解消する目的がある。ただし、新線の一部は鶴見線と重複している。鶴見線は工業地域の通勤手段として朝夕の運行本数が多く、南武線直通の貨物列車もあるため、鶴見線も触らずに新線を作る。

 このルートは「あくまでも協議会における検討ルート」とのこと。既存線利用より新線建設のほうが費用がかさむ。実現に向けた課題のうち費用の面で問題が大きい。しかし、説明を聞けば納得だ。今のところ最善のルートのように思えてきた。

●パンフレットの変更点は“重要度の強調”

 3月末に更新されたパンフレットの新要素は2つ。1つは前述の答申198号を反映した。もう1つは、11年に指定された「京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区」の記載だ。規制の特例措置や税制・財政・金融上の支援措置などをパッケージ化して実施する「総合特区制度」で指定された地域である。検討ルート上には特区の拠点が6カ所あり、パンフレットの地図に明示、各拠点の紹介が記載されている。

 協議会によると、貨客併用化のメリットは4つある。「京浜臨海部の活性化」「東京-川崎-横浜を結ぶ新鉄道ネットワーク」「既存線の混雑緩和」「環境改善」だ。答申198号もこの4点を評価してリストに盛り込んだと思われる。

 総合特区の指定は「京浜臨海部の活性化」の部分を後押しする。「新鉄道ネットワーク」は東京・川崎・横浜の臨海部で、旅客駅の空白地帯を埋め、みなとみらい地区とお台場を結ぶ。品川でリニア新幹線、天空橋で羽田空港方面と接続できる。

 「既存線の混雑緩和」は、横浜~東京間の東海道本線、横須賀線、京浜東北線、京急電鉄線を迂回するルートの設定によって、それぞれの路線の混雑緩和を狙う。記載されていないが、筆者の実感として、東海道本線と京浜東北線の川崎~品川間は東京都大田区と品川区の踏切障害が多発し、信頼性が低い。踏切道改良促進法による国土交通大臣の指定もなく、立体交差化は未定だ。東海道本線と京浜東北線の踏切障害によって、立体交差化された京急電鉄も影響を受けて遅延する。東海道貨物支線は迂回路として機能しそうだ。

 「環境改善」は、自動車利用から鉄道利用に転換することで、CO2削減を狙う。ただし、この部分の効果はきちんとした調査が必要と思われる。例えば、川崎市の産業道路の渋滞要因は大型トラックやトレーラーなど、加速度の低い大型貨物車に起因している。自動車通勤者も少なくないと思われるが、もともと渋滞しているため、マイカーより既存の電車とバスを組み合わせる利用者が多そうだ。環境改善をいうなら、大型貨物車を貨物列車にモーダルシフトさせるべきで、旅客列車の導入は貨物列車の増発を妨げかねない。

●費用と便益比は交通政策審議会が出していた

 東海道貨物支線貨客併用化整備検討協議会は、2000年の答申18号を受けて結成された。ただし、その前身の「東海道貨物支線貨客併用化推進協議会」の結成は1998年だ。答申18号のリスト入りは、推進協議会の努力の結果といえそうだ。しかし、推進協議会から数えて19年、いまだに実現に向けた大きな動きはなく、建設費概算もない。

 協議会事務局は検討ルートの費用を明らかにしていない。しかし、交通政策審議会は、答申198号のフォローアップとして、2016年7月に「鉄道ネットワークのプロジェクトの検討結果」を公開している。その中で、東海道貨物支線貨客併用化の総事業費用は5500億円と算出された。開業した場合の費用便益比は0.3。投資効果があるとされる1.0には遠く及ばない。

 1日1キロ当たりの利用者数を示す輸送密度(平均通過人員)の予測は約3万人で、JR相模線全区間の2.8万人(15年JR東日本資料より)を少し上回る程度。この数字は東京近郊の通勤路線としてはかなり低い。JR相模線は神奈川県県土整備局都市部交通企画課が将来の複線化に向けて利用促進に取り組んでいる路線だ。5500億円をかけて整備しても、利用促進に取り組まなければならない路線程度の利用者数である。

 協議会事務局は「将来的に必要な路線という認識はある」という。年1回の協議会開催、現地視察会、パンフレット製作など、活動は存続している。パンフレットは検討ルート沿線企業などに配布されている。

 協議会事務局のある神奈川県県土整備局都市部交通企画課は、リニア中央新幹線県内駅、相模鉄道・東急電鉄・JR東日本を直通する神奈川東部方面線、相模線複線化など、他にも案件を抱えている。小田急多摩線の上溝延伸では、相模原市と町田市が事務局となっている「小田急多摩線延伸に関する関係者会議」に県も構成員として参加している。

 これらの案件も抱える中で、東海道貨物支線貨客併用化を推進するために何が必要かといえば、“沿線からの要望”に尽きる。特区に参画する企業、みなとみらいをはじめ臨海地区にある旧国鉄所有地の再開発関係者や、企業撤退後の大型マンションの住民などの「鉄道が必要だ」という声が構想の後押しになる。協議会としては、「機が熟すまで地道に活動を維持する」という考えのようだ。もし、鉄道事業者がこの地域の旅客輸送を希望したとき「準備はできています」と言える環境作りも重要だ。

●実現への課題はほかにも……

 それにしても解決すべき課題は多い。19年の間に、検討ルート周辺の環境は変わった。特区の誕生は追い風だけど、向かい風も多い。最大の向かい風は鉄道貨物需要の増加だ。19年前の1998年7月ごろ、鉄道貨物は衰退の一途だった。「貨物列車が減っていくなら、旅客列車を走らせよう」という意図もあっただろう。

 ところが同年12月に京都議定書が採択されると風向きが変わる。環境に優しい鉄道貨物か見直され、さらに長距離トラックドライバー不足によって貨物列車の需要が高まっている。いまや、貨物列車に乗せたくても空いた列車がないという状況になりつつある。JR貨物は東京貨物ターミナルに大規模物流施設を建設予定だ。東海道貨物支線は本来の用途を発揮すべき時が来た。

 沿線自治体の温度差もある。神奈川県としては羽田空港アクセス・都心アクセスを改善したい。これは県としての重要課題の1つだ。京急電鉄の京急蒲田駅の改良事業についても、神奈川県は恩恵を受ける立場として補助を行っていた。

 一方、東京都側としては、羽田空港アクセスについては都内で解決できる案件がある。川崎・横浜臨海部への旅客需要への期待は薄いだろう。ただし、前述のように「都心部・品川地下鉄構想」と連携すれば、六本木と横浜を結ぶルートになる。ここに活路はありそうだ。

 答申198号の目標年度、2030年までに新たな諮問が行われるだろう。そのとき、東海道貨物支線貨客併用化は実現できているだろうか。実現できなかったとして、新たな答申のリストに盛り込まれるだろうか。

(杉山淳一)