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世界遺産級の銀鉱石標本発見 石見銀山の江戸期産出品 世界一だった往時の姿ベール脱ぐ

産経新聞 5/19(金) 14:30配信

 ■包装紙に日付や場所 阪大など21日発表

 世界遺産登録から近く10年を迎える石見(いわみ)銀山(島根県大田市)で江戸時代に採掘された銀や銀を含む鉱物の標本が地元で多数確認され、大阪大学総合学術博物館(大阪府豊中市)が研究を進めている。幕藩体制下では銀など鉱石の持ち出しは難しく、これまで採取時期や場所など来歴の分かる標本はなかった。往時に世界の銀の約3分の1を産出していたにもかかわらず謎に包まれていた石見銀山。その姿が次第に明らかになりつつある。(藤浦淳、小林宏之)

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 標本類は何代も続く地元の山師(技術者)だった古民家で昨年見つかり、石見銀山資料館(大田市)に寄贈されていた。これらを石薬(せきやく)の研究に携わる大阪大学総合学術博物館の伊藤謙・特任講師が確認。益富地学会館(京都市上京区)の石橋隆研究員と詳細に分析した。

 木箱に入った58点で、いずれも数センチの大きさ。採取年月日とみられる天保や文久など江戸後期の日付と場所(坑道)、名称などが詳細に書かれた和紙にくるまれていた。

 分析によると表面が黒い銀鉱物に覆われたひげ状の自然銀や割り箸の先端ほどもある針銀鉱(しんぎんこう)(銀と硫黄から成り光沢のある針状の鉱物)の結晶など、鉱物学的にも極めて価値の高いものが多数含まれていることが判明。

 これまで文献でしか残っていなかったが、品位(金属含有量)の高い鉱石を示す「福石(ふくいし)」と書かれた標本もあり、江戸時代に採掘された鉱脈や鉱物の実態が初めて明らかになった。

 伊藤さんによると、明治以前の鉱物標本でラベルと一致するものがまとまって現存するのは、薬品として残る正倉院資料や森野旧薬園(奈良県宇陀市)標本などはあるが極めて少ない。当時の日本の探鉱技術まで知ることができる発見だという。

 今回の成果は幕張メッセ(千葉市)で開かれる日本地球惑星科学連合大会で21日に発表され、標本は夏ごろに地元へ戻され同資料館で展示される予定。

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 ◆「世界遺産級」

 松原聰・国立科学博物館名誉館員の話「採取年月日や細かい産出場所などが分かる古い標本は技術史的、文化史的にも極めて貴重。世界遺産の一部として扱う価値のあるものだ」

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 ■「見立て」の力 伝承図る?

 「すごいとしか言いようがない」-。江戸時代に石見銀山で採掘された鉱物資料が標本としてこれだけまとまって見つかったことに石見銀山資料館の仲野義文館長(日本近世工業史)は驚きを隠さない。

 標本があったのは、山師の中の要職「山組頭(やまくみがしら)」や、銀山町の運営に当たる「町年寄」を務めた家系の古い家屋。所蔵品の整理中に見つかったという。

 詳細な標本が作られた経緯について仲野館長は「山組頭は代官所と山師との取り次ぎの立場にあったため代官や役人に説明する際の見本として作った可能性がある」と指摘。

 さらに「山師の重要な技能、鉱石の品位を見極める『見立て』の力を伝承するためとも考えられる」とみる。

 「いずれにせよ、江戸時代の鉱山を解明するうえで貴重な研究材料」と仲野館長。今後は江戸時代後期の鉱物的な知識や採掘対象の鉱石の品位など具体的な鉱山経営の実態が明らかになる-と期待する。

最終更新:5/19(金) 15:46

産経新聞