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世界ミドル級に2度挑み、エンダムとスパーした男、石田順裕氏が断言「村田がKOで勝つ」

スポーツ報知 5/20(土) 9:03配信

◆報知新聞社後援 プロボクシング トリプル世界戦 ▽WBA世界ミドル級王者決定戦 暫定王者・アッサン・エンダム―同級2位・村田諒太(20日、東京・有明コロシアム)

【写真】村田にエールを送った南海キャンディーズ・しずちゃん

 20日、WBA世界ミドル級王座決定戦に臨む村田諒太。元WBA世界スーパーウエルター級暫定王者の石田順裕氏(41)=寝屋川石田ボクシングクラブ会長=が試合の行方を占い、ミドル級で世界戦に2度挑んだ経験から「村田が中盤以降KOで勝つ」と予想した。

 石田はミドル級世界王座に2度挑戦した。現役時代、熱望した村田戦は実現しなかったが、練習拠点の米ロサンゼルスではエンダムとスパーリングをした。この時、ともにダウンはなし。拳を交えたから分かる、世界戦の結末とは―。

 「アッサン(エンダム)はうまい選手だが、フィジカルが強い村田のプレッシャーを12ラウンドさばく技術はない。打たれ強くもない。村田が右で2、3度ダウンを奪い、中盤以降にKO勝ちする」

 石田はスーパーウエルター級の世界暫定王座から陥落後の11年、本場米国でのファイトを目指して1階級上のミドル級に転向した。「対戦したみんなが僕よりパンチがあった。向こうは中量級人気が高く、ファイトマネーも日本より1ケタ多い。より夢のある階級でモチベーションが上がる」。同年4月、27戦全勝のWBO世界ミドル級4位・カークランド(米国)の“かませ犬”としてラスベガスのリングに上がり、大番狂わせの1回KO勝ち。大手プロモーションとの契約を勝ち取り、世界挑戦のチャンスをつかんだ。

 最初の王座挑戦は12年5月。日本非公認だったWBOの世界同級王者・ピログ(ロシア)に敵地モスクワで挑戦、判定で敗れた。続く13年3月、モナコで現在3団体統一の最強王者・ゴロフキン(カザフスタン)のWBA王座に挑んだが3回、強烈な右フックでKO負け。「力は出せた。ピログ戦は小差小差でラウンドを取られた。ゴロフキン戦はさばき切れないと思って、打ち合いを挑んで負けた。勝っていれば、初防衛戦でミリオン(100万ドル=約1億1000万円)稼げたかもなあ」と笑う。

 「村田には今回ホームで勝って、ぜひアメリカに進出してほしい。一人が成功すれば必ず、後に続く日本人ボクサーが出てくる。『WOWOW』で見る米国のボクシングを別世界だと思っている選手も多いが、決してそうじゃない。ボクシングも何億、何十億円と稼げるスポーツだと多くの人に知ってほしい」。村田は日本ボクシングの価値を高める役割も担っている。(敬称略、特別取材班)

 ◆石田 順裕(いしだ・のぶひろ)1975年8月18日、熊本・玉名郡生まれ。41歳。大阪・興国高―近大。アマ戦績101勝15敗。2000年、金沢ジムからプロデビュー。01年3月、東洋太平洋スーパーウエルター級王座獲得。06年12月、日本同級王座獲得。09年8月、WBA世界同級暫定王座獲得(1度防衛)。11年10月、グリーンツダジム移籍。ミドル級で世界王座に2度挑戦後ヘビー級転向。39歳で現役引退。プロ戦績25勝(10KO)9敗2分け。身長188センチ。右ボクサーファイター。

最終更新:5/20(土) 10:19

スポーツ報知