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「戦争はだめ」伝える 5歳で横浜大空襲経験の金子さん 20日に語り継ぐつどい

カナロコ by 神奈川新聞 5/19(金) 7:02配信

 横浜市中区の金子光一さん(77)には、5歳だった「あの日」以前の記憶がない。1945年5月29日、横浜大空襲に遭った。戦火を逃げ回る恐怖、焼け野原に転がる焼死体…。その記憶があまりに強烈で、空襲以前の日々を思い出せないという。金子さんは力を込める。「同じような体験を誰にもさせたくない。戦争は絶対にだめだと伝え続けたい」

 友達と遊んでいた穏やかな時間は、鳴り響く空襲警報によって暗転した。

 米国のB29爆撃機が飛び交う空。「ヒュー、ドーン」という焼夷(しょうい)弾の音。「逃げろ」-。同区本郷町の自宅近くにいたにもかかわらず、気が動転していたのか、自宅と反対方向へ向かっていた。

 被弾した家屋があちこちで燃え、どうしようもなく熱い。逃げる途中、見知らぬ大人に防火用水槽の水をかけてもらった。その晩は30人ほどの住民と一緒に公園で明かした。「5歳の私は、ひたすら泣いていましたね」。両親と対面したのは翌30日。母親と抱き合って喜んだ。

 辺り一帯は焼け野原と化し、自宅も全焼した。「市電が被弾して燃え、骨組みの状態で所々に止まっていたり、どこの誰かも分からない焼死体が、あちこちに放置されていたり」。当時の街の記憶は、ずっと黒色のままだ。

 終戦を迎えたときは、恐怖におびえることなく暮らせるという安心感でいっぱいだった。しかし、その後も、食べる物も満足にない日々は続いた。サツマイモなどを栽培したり、物々交換で食料を手に入れたりして、しのいだという。

 あれから72年。1級建築士として働く一方、空襲の体験を語り継ぐ活動もしている。20日には、「本牧・山手九条の会」主催の「つどい」で講演予定だ。

 今、気掛かりなのが、現政権による改憲の動きや北朝鮮を巡る不透明な情勢。「自分たちの世代だからこそ伝えられることがある。軍国主義の日本に戻ることがあってはならない」

 同会事務局長の阿部勝二さん(73)も、思いは同じだ。「すべてを破壊するのが戦争。二度と繰り返してはいけない」

 横浜大空襲を語り継ぐつどいは20日午後1時半から同区の上台集会所(市営バス「本郷町」徒歩1分)。資料代500円。問い合わせは、同会(横浜建設労働組合中支部)電話045(641)3991。

最終更新:5/19(金) 7:02

カナロコ by 神奈川新聞