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稀勢は“昭和の横綱” 遅咲きの先輩・元三重ノ海がエール「厳しい時代を今に伝える力士」

夕刊フジ 5/20(土) 16:56配信

 平幕の大栄翔を相手に左を差した稀勢の里。俵伝いに回る相手を落ち着いて追い詰め、最後は浴びせ倒した。

 4勝のうち一番いい内容だったが、いつものようにほとんど口を開かず、場所前に出稽古した追手風部屋で大栄翔と15番ほど取ったことにも「若いし、勢いがあるから…」と話した。

 31歳5カ月。史上2番目のスロー出世で横綱に昇進した元三重ノ海の石山五郎氏(武蔵川元理事長)は、連日館内の相撲博物館館長室でテレビ観戦している。

 気になるのは、同じ遅咲きの稀勢の里の戦いぶり。「左を使い切れていない、右も、もっと使えれば楽に取れると思うが…。左を差せないから、どうしても半身になり、バタバタするのは仕方ないね」と初日からの相撲を振り返った。

 「どうせ遅咲きで多くは望めない」と陰でいわれた三重ノ海は、昇進2場所目の昭和54年九州場所で14勝1敗で2度目の優勝を飾り、翌年初場所も全勝で連続優勝。世間の見る目を変えた。

 「いくつになっても、まだまだ頑張れるんだという気持ちだけは持ち続けていた。同じように30過ぎて横綱になった鳴戸さん(元横綱隆の里、故人)もそうだったろう」

 稀勢の里は普通なら休場を選択するところだが、敢然として出場。「それも鳴戸さんの指導を受けたからこそ。厳しい時代を今に伝えるという意味でこういう力士がいてもいい。“昭和の横綱”といえるかもしれない」と石山氏。

 テレビ解説を務めた兄弟子の西岩親方(元関脇若の里)は「欲をいえば初日まであと1週間ほしかったが、きょうは左を差したし落ち着いていた」とひと安心。

 この日の土俵入りでは、お気に入りの「北斗の拳」のキャラクターが描かれたものではなく、郷里の茨城・牛久市から贈られた、同市の花である菊などをあしらった化粧まわしを初めて締めた。心機一転、本領発揮といきたいところだ。

最終更新:5/20(土) 16:56

夕刊フジ