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幕末から昭和まで「横浜の地図」150点 横浜都市発展記念館で企画展

産経新聞 5/20(土) 7:55配信

 ■「まちの変遷、思い描いて」

 幕末から昭和50年前後までの横浜の地図約150点を集めた企画展「ようこそ!横浜地図ワールドへ」が横浜都市発展記念館で開かれている。7月2日まで。陸軍や国が製作した地形図から、民間企業の商業地図、個人が描いた鳥瞰図(ちょうかんず)、市電の路線図まで、種類はさまざま。シーンや用途別に作られた数々の地図から、時代背景や人々の暮らしを感じ取ることができる。(外崎晃彦)

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 「横浜を描いた地図は幕末から多数出版されたが、当初は絵画の範囲を抜け出していないものがほとんどでした」

 同館調査研究員の岡田直さんはこう話す。明治以降、縮尺や方位が示され、次第に地図らしくなっていったという。

 ◆出回った鳥瞰図

 明治15(1882)年に発行された「絵入名所 横浜新図」もそんな「過渡期」の地図だ。船や樹木が描かれるなど絵画の要素も色濃く残るが、区画や番地が細かく示され、色分けして見やすくするなど、地図としての機能を十分に果たしている。

 当時は現在のJR桜木町駅が「横浜駅」だった。市営地下鉄高島町駅周辺や、みなとみらい地区が埋め立てられる以前のことで、海上の桟橋を根岸線の線路が通っているのが分かる。

 大正から昭和初期にかけて盛んに発行された鳥瞰図は、美しさに目を見張るものばかりだ。当初、モノクロ画だったものが次第にカラフルになる。

 大正から昭和初期の観光旅行ブームに乗じ、主に土産用や鑑賞用として広く出回った。鳥瞰図師の吉田初三郎と、ライバルの金子常光が競って描いた数々の作品を見比べるのも面白い。

 ◆焼失エリアも

 鳥瞰図は大正から昭和初期の最盛期をすぎると内容が粗雑になる。カラー写真や航空写真が容易に撮れるようになって衰退したという。

 年代順に展示されている市街図からは、現在の横浜市主要部の区画が明治10年ごろにすでにできあがっていたことが見て取れる。大正12(1923)年の「横浜大地図」(京浜出版社)、昭和21年の「横浜市街図」(日本地図)は、それぞれ関東大震災と空襲による焼失エリアが色分けされている。かつて市内にめぐらされていた路面電車の路線図も趣深い。

 岡田さんは地図鑑賞の意義について、「住んでいる場所を探してみるのも一つの楽しみ方。まちの移り変わりを思い描き、地元への親しみを深めていただきたい」と語っている。

 横浜都市発展記念館 横浜市中区日本大通12に所在。午前9時半から午後5時(入館は午後4時半まで)。毎週月曜日休館。今回の企画展は入館料一般300円、小・中学生150円(ただし毎週土曜日は小・中学生と高校生無料)。問い合わせは同館(電)045・663・2424。

最終更新:5/20(土) 7:55

産経新聞