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「人手不足なのにデフレ」の不思議

5/20(土) 16:00配信

ニュースソクラ

異次元緩和は空振り

 ハムレット風に言うなら、「インフレか、デフレか、それが問題だ」。電気、ガス料金、ティシュや乳製品と値上げが相次いでいる。他方で、スーパーやコンビニが、生活必需品の一部を値下げする動きもある。人手不足も一因の「コストインフレ」圧力と、「節約デフレ」圧力が、せめぎ合っている。

 日銀は先月末に出した「経済・物価情勢の展望」で、景気が「穏やかな拡大に転じつつある」と、9年ぶりに「拡大」という表現を使った。雇用は、完全失業者が82か月続けて減り、就労者数と雇用者数は51か月増え続け、3月の有効求人倍率(1.45倍)はバブル期並みの高さ。人手不足感が強まっている。

 景気拡大で需給ギャップが改善し、労働需給もひっ迫するなら、過去の経験から、人々の財布のヒモもゆるんで消費が増え、物価が上がって不思議はない。

 年度替わりの4月以降、電気、ガスの料金、タバコの一部銘柄、バター、チーズなどの乳製品、ティシュ、トイレットペーパー……と値上げが目につく。ヤマトなどの宅配便の値上げも後に控えている。

 原燃料などのコスト増を価格に転嫁する形だが、人手不足に起因する人件費上昇も見逃せない。宅配便の料金改定が典型だが、ティシュなど家庭向け紙製品でも、物流コスト上昇の要因になっている。

 ならば“人手不足インフレ”になるのか。そうとも言えない。スーパー大手のイオンは先月、食品や日用雑貨など240品目の値下げを発表。セブンイレブンも、洗剤など日用品61品目を値下げした。直近3月の消費者物価は、前年同月比0.2%上昇とかろうじて水面に顔を出す程度。イオンの岡田元也社長は「脱デフレは大いなるイリュージョン」と言ってのけた。

 スーパーやコンビニの店頭では、消費者の節約指向が続いている。明治安田生命の家計に関するアンケート調査で、夫婦の小遣い(月に自由に使えるお金)は、6年ぶりに増加した昨年から一転、2007年の調査開始以来の最低になった。節約もうなずける。

 供給サイドでは、人手不足も映したコストインフレ圧力が増す一方、需要サイドでは、家計の節約デフレ圧力が続き、消費の最前線で綱引きをしている。

 カギを握るのは、労働需給ひっ迫による賃金増が、どこまで家計を潤すか、だろう。春闘の賃上げ率は、昨年に及ばなかったが、今夏のボーナスが16年ぶりの高水準になるという民間機関の予測もある。

 人手不足を追い風にアルバイトやパートなど非正規の賃金は、正社員を上回る伸びを見せる。女性や高齢者など、労働市場に参入・復帰する人の増加も、家計を潤す。そうした収入増加に家計が手応えを感じれば、消費者の財布のヒモも徐々に緩むはずだ。

 だが、家計の収入増加のペースを超えてコスト転嫁の値上げが広がれば、消費増税に似た効果で、消費者の節約志向を逆に強めかねない。また、年金生活者のように、賃上げの恩恵を受けない人たちの節約志向は、変わることがなさそうだ。

 私見だが「人手不足なのにデフレ」という奇妙な共存は続くはずがない。ただ、消費主導のディマンド(需要)プル型のインフレになるとも思えない。

 マネタリーベースを思い切り増やし、2年で2%のインフレを目指す、とした異次元金融緩和は、開始から4年を経て空振りがはっきりした。インフレ期待が高まり、家計や企業が前倒しでお金を使う、というディマンド・プル型の想定は崩れた。

 脱デフレをイリュージョンでなくすには、家計の収入増と並行して、人件費を含むコスト増の価格転嫁が徐々に受け入れられる形で、インフレ率が“遅々として上昇する”シナリオしかなさそうだ。

 景気判断を「拡大」に一歩進めた日銀の展望リポートも、17年度の消費者物価(生鮮品を除く)上昇率見通しは1月時点よりも0.1ポイント引き下げ1.4%とした。それでも過大だけれど。

■土谷 英夫(ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1948年和歌山市生まれ。上智大学経済学部卒業。日本経済新聞社で編集委員、論説委員、論説副主幹、コラムニストなどを歴任。
著書に『1971年 市場化とネット化の紀元』(2014年/NTT出版)

最終更新:5/20(土) 16:00
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