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報勳処長ピ・ウジン、「不当転役」に立ち向かった陸軍初の女性ヘリ操縦士

5/20(土) 17:16配信

ハンギョレ新聞

大統領府「グラスシーリングを破って初めての道を開拓」 癌闘病で転役させられ法廷闘争の末に復帰 軍退役後は人権委で専門委員活動も 第18代総選挙では進歩新党比例代表として出馬

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領が17日、ピ・ウジン予備役中佐 (61) を国家報勳処長に任命したことはいろいろな面で目を引いている。主に保守性向の予備役将軍級の男性が任命されてきた報勳処長に進歩性向の予備役領官級の女性が任命されたという点で破格的だ。女性報勳処長は1961年報勳処設置以来初めてのことである。報勳処が行事を主管する第37周年5・18光州民主化運動記念日を翌日に控えて新任処長を発表した点も際立っている。

 ピ・ウジン処長は忠清北道忠州(チュンジュ)出身で、清州(チョンジュ)大学体育学科を卒業後、1979年陸軍少尉に任官した。彼女は特戦司令部中隊長を経て陸軍初の女性ヘリ操縦士として活躍した。大統領府は「ピ処長は男性軍人も耐え難い道で、自らの力でグラスシーリングを突き破り女性が初めて進む道を開拓して来た」と説明した。

 ピ処長の軍生活は2002年乳癌診断で危機を迎える。彼女は切除手術と抗癌治療を終えて回復したが、軍当局は「身体の一部が損傷した場合退役させる」とする軍人司法の自動退役規定を適用して2006年11月強制転役させた。これに対しピ処長は退役処分取り消し訴訟を提起し、1年7カ月余りの法廷闘争のあげく2008年5月に現役復帰した。彼女は国防省と訴訟中に進歩新党の比例代表として第18代総選挙に出馬もした。ピ処長は復帰後、論山(ノンサン)陸軍航空学校で教理発展処長を務め、2009年9月に階級停年により30年余りの軍生活を終えた。

 ピ処長は2015年から国家人権委員会非常任専門委員として活動しており、先月25日には若い女性軍人フォーラム代表の資格で予備役女性軍人たちとともに文大統領支持宣言をして関心を集めた。予備役女性軍人が特定候補支持を宣言したのは67年の女性軍隊史上初めてのことだった。彼女は当時支持宣言で「人の抜け落ちた安保はニセの安保だ」と強調している。

 傷痍軍人として本人が報勳対象者であるピ処長はこの日「報勳は安保の過去であると同時に未来である」として「現在報勳家族たちが多少疎外感も感じ自分たちが忘れられはしないかととても心配していると聞いているが、これから報勳家族中心に報勳政策を展開していく考えだ」と述べた。彼女は「5・18民主化運動記念式で『あなたのための行進曲』を歌うのか」という質問に「愛国歌も、あなたのための行進曲もしっかりと歌う」と答えた。

 大統領府の主要な関係者は「これまで国家報勳処は国民の心を集めることができなかった。全身で愛国の意味を示した新任報勳処長の任命により、国民とともにある報勳処になるものと期待する」と言った。

 これに先立ち文大統領は就任翌日の11日、パク・スンチュン前報勳処長を解任し、次の日には5・18記念式で「あなたのための行進曲」を斉唱するよう指示した。李明博(イ・ミョンバク)政府末期の2011年2月報勳処長に任命されて6年3ヵ月余り在任したパク前処長は「愛国教育」を掲げて対国民安保教育に重点を置き、肝心の報勳処の本来業務には疎かであったという指摘が沸騰していた。

チョン・インファン記者  (お問い合わせ japan@hani.co.kr)

最終更新:5/20(土) 17:16
ハンギョレ新聞