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【漢字トリビア】「蚕」の成り立ち物語

5/21(日) 11:30配信

TOKYO FM+

「漢字」、一文字一文字には、先人たちのどんな想いが込められているのか。時空を超えて、その成り立ちを探るTOKYO FMの「感じて、漢字の世界」。今回の漢字は「蚕(カイコ)」、「養蚕」の「蚕(サン)」。旧暦七十二候では、今ごろが「蚕起きて桑を食う」季節です。

「蚕」を表す甲骨文字は、蚕の幼虫そのままの姿を写し取った形をしています。
その後作られた「蚕」の旧字体(「蠶」)は、かなり複雑な文字。
「潜む」「潜伏する」の「潜」という字からさんずいを除き、その下に「虫」という字をふたつ並べてあります。
これは、桑の葉に潜む蚕の様子を表しているといわれています。
のちに、わかりやすく表現するため、「天」の下に「虫」と書くようになりました。
古事記・日本書紀をひもとくと、蚕は稲や麦・大豆などの穀物とともに、ほろびゆく神の肉体から生まれ出たと記されています。
蚕は、天の神がこの世にもたらした特別な生き物なのです。

蚕を育て、生糸をつむぐ養蚕業は、今から五千年以上も前に、古代中国の王朝で始まりました。
重要な産業だった養蚕は、長らくその技術を国外にもらすことを禁じられ、貴重な交易品として用いられました。
やがて輝きを放つ糸で紡がれた美しい織物は絹の道をひらき、西域の人々をたちまち魅了しました。
日本ではおよそ千八百年前に養蚕が伝わったといわれます。
佐賀県の吉野ヶ里遺跡で発掘されたのは、日本茜や貝紫で染めた絹織物。
卑弥呼が国産の絹を中国・魏の帝に献上した記録も残っています。
平安時代には都への貢物として、続く江戸の世では商品経済の発達により国内の需要も増加。
養蚕技術は向上し、やがて、富岡製糸場の発展へつながってゆくのです。

ではここで、もう一度「蚕」という字を感じてみてください。

野生の「桑子」を人間が飼育しやすいように改良した「蚕」。
「飼う子」が転じて「カイコ」、または「神の子」から「カイコ」と呼ばれるようになりました。
ただし、いにしえの人がどのようにして蚕と特別な契約を結び、生糸を紡ぎ出すようになったのかは、今なお、解明されていない謎のひとつです。
小さな命を慈しんだ人々は、蚕たちに様々な愛称をつけます。
オシラサマ、オドノサマ、ヒメコにトトコ、オボコサマ。
やさしく呼びかけられ、大切に育まれたカイコたちは、光る繭の玉を私たちに授けて、再び神のもとへと召されていきます。
絹糸を使った織物は、薄くて軽いのに丈夫でほんのり温かい。
これからの時期、梅雨寒や冷房から私たちを守り、装いに華を添えてくれます。

漢字は、三千年以上前の人々からのメッセージ。
その想いを受けとって、感じてみたら……、
ほら、今日一日が違って見えるはず。


*参考文献
『常用字解 第二版』(白川静/著 平凡社)
『蚕 ――絹糸を吐く虫と日本人――』(畑中章宏/著 晶文堂)
『しぜんのひみつ写真館(5) ぜんぶわかる! カイコ』(新開孝/著 伴野豊/監修 ポプラ社)

(TOKYO FM「感じて、漢字の世界」2017年5月20日放送より)

最終更新:5/21(日) 11:30
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