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[インタビュー]「武器捨てて手を取り合い休戦ラインを越えて開城まで行くその日まで」

5/21(日) 12:09配信

ハンギョレ新聞

20周年迎えた「平和を作る女性会」のキム・ソンウン理事長

 「平和を作る女性会」のキム・ソンウン理事長の夫は、進歩性向の神学者のノ・ジョンソン延世大学名誉教授だ。南北の交流協力を強調してきた統一運動家でもある。「夫の熱烈なファン」という彼女は、李明博(イ・ミョンバク)政権以前までは社会運動に消極的だった。夫がもし大学から追い出されるようなことがあれば、自分が生計を担わなければならないと思ったからだ。社会運動に乗り出したのはソウル神学大学教授を定年退任した2011年からだった。「李明博大統領時代、社会運動が難しくなりました。平和統一運動に対する支援がなく、イベントも妨害されました。困難な時期に役に立とうと理事長を引き受けました」。

 今月16日、ソウル永登浦区(ヨンドゥンポグ)女性未来センター1階のカフェで彼女に会った。

6年前、定年退職と共に統一運動に「加勢」  
27日、臨津閣で開かれる「女性平和ウォーキング」共同代表  
「南北とも朝鮮半島から兵器をすべて締め出してほしい」
夫のノ・ジョンソン教授とは大学卒業同期 
 
自分は進歩統一運動支援する「奨学金」  
「ファクトチェックを徹底的に行うのが平和教育」

 彼女はチェ・ビョンイル京畿女性団体連合常任代表とともに「2017女性平和ウォーキング組織委員会」の共同代表を務めている。この大会は今月27日、臨津閣(イムジンガク)平和ヌリ公園で開かれる。参加者たちは、坡州(パジュ)民間人統制線内の生態探訪路と平和ヌリ道の一部の区間を含め、6.5キロメートルを歩く。子どもと高齢者のための4キロメートルコースもある。参加費は無料であり、民間人統制線の出入り許可手続のため、24日午後10時までに申請しなければならない。(wpwalk.kr)

 「昨年は1千人が参加しました。今年は1600人程度予想しています」。グロリア・スタイネムなど世界的な女性運動家30人は2015年、北朝鮮に入って非武装地帯を縦断して韓国の地を踏んだ。この「ウィメン・クロスDMZプロジェクト」(WCDMZ)が翌年から「女性平和ウォーキング」につながった。

 24日は1981年欧州11カ国の女性運動家49人が集まって定めた「平和と軍縮に向けた世界女性の日」だ。その翌年から女性運動家らは、中東などの紛争地域を中心に平和活動を行っている。「ウィメン・クロスDMZ」もその一環だった。

 キム理事長は「戦争が起これば、最も大きな被害を被るのは女性と老弱者」だとし、「生命と和解、軍縮」を強調した。「ウォーキング行事の出発も軍縮です。今韓国にはあらゆる兵器が集まっています。もしかしたら、シリアのように戦場になるかもしれません」

 平和を作る女性会は今年3月で20周年を迎えた。1991~92年に韓国や北朝鮮、日本の女性たちが集まって「アジアの平和と女性の役割」討論会を開いた。その時参加者たちは陸路で南北を行き来した。南北民間交流史上初の板門店(パンムンジョム)陸路通行だった。故イ・ウジョン(1923~2002)、イ・ヒョジェ先生など、当時討論会を率いた韓国の女性指導者たちが主導して同団体を作った。

 「聖書に『平和をつくり出す人たちは、幸いである(マタイ5:9)』という言葉があります。団体の名前に『つくる』という進行形が入ったのは行動を強調するためです」。どうして「女性平和運動」なのだろうか。「これまで男性たちは戦争をやってきました。女性たちは命を育てることに関心が多いです。家で食事の用意だけしているわけにはいきませんでした」

 彼女は1991年、ソウルの討論会の時韓国キリスト教教会協議会の女性委員として参加した。その時の参加者たちは平和のためには軍事主義と家父長主義を乗り越えなければならないということで意見が一致した。「軍事主義と家父長主義は今も変わっていません。家父長主義は家族の問題ではなく、関係の問題です。水平的ではなく、垂直的文化が家父長主義です。兵器と軍、戦争のような軍事文化がまさに垂直的文化です」。女性の朴槿恵(パク・クネ)前大統領が家父長主義の一例だと、彼女は指摘した。「北朝鮮が核実験を行ってから、1カ月で開城(ケソン)工業団地を閉めました。工団に関係する多くの人たちの事情を考慮しないで一方的に決めました。これがまさに家父長主義です」

 彼女は女性平和ウォーキングが休戦ラインを越えて開城までつながることを望んでいる。「女性たちは何の兵器も持たず楽しく歌いながら道を歩きます。新たな平和の道を切り開くべきというメッセージです。南北が力を合わせて兵器を朝鮮半島から締め出してほしいです。米国と中国の役割が大きいと思います」

 彼女は南北関係の解決策として、「交流協力と経済協力」を強調した。1980年代末、世界教会協議会平和チームの一員と紛争地域のスリランカ・ジャフナで政府軍と反政府軍との和平交渉に関与した記憶を振り返った。「何度も死線を越えました。全世界のあらゆる兵器が全部ありました」。この経験は教訓を与えた。「当時、反政府軍の子どもたちまで銃を手にしていました。また、いくら統制しても、反政府軍拠点への密輸を防ぐことはできませんでした。北朝鮮をいくら窮地に追い込んでも、私たちが望むものを得るのは難しいことを痛感させられました」

 教育学を専攻した彼女は1988年、米コネチカット大学で博士号を取得した。2005年には「平和とキリスト教教育」という本も出版した。「平和が実現しない理由は、利害集団と指導者たちのためです」。平和教育は何かという質問にには「今はやりの言葉でいうと、ファクトチェック(Fact Check)を徹底させること」だと答えた。「思惟し、批判し、それに基づいて行動に移す教育をしなければなりません。韓国政治や宗教、教育界には、そのようなところがありません。問題を直視させる教育が、まさに平和教育です」。彼女はTHAAD(高高度防衛ミサイル)を例に挙げた。「THAADに対し『良いものなのになぜ反対する』と主張するわけではなく、THAADがなぜ必要なのか考えるようにする教育が必要です」。「光化門(クァンファムン)ろうそく集会」が省察して行動するようにする教育の生きた事例とも語った。

 今年で結婚46周年を迎える。夫とは延世大学69年卒業同期だ。「ノ教授が北朝鮮教会関係者などと接触したとの理由で賦課された過料だけでも1千万ウォン(100万円)に達します。夫にとっては私が『キム・ソンウン・スカラシップ(奨学金)』です」。彼女は「南北交流と夫の活動後援のため、これまでプライベートで外国旅行に出かけたことがない」と言いながら笑った。

カン・ソンマン先任記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

最終更新:5/21(日) 12:09
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