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石川の教育、反骨心が育む 金沢学、四高初期語る

5/21(日) 1:55配信

北國新聞社

 金大と北國新聞社が連携して取り組む市民公開講座「金沢学」は20日、金沢市の北國新聞20階ホールで開かれ、前金沢ふるさと偉人館長の松田章一さんが「今川覚神(かくしん)と四高初期の学生たち」と題して講演した。松田さんは開校時の旧制四高について「鹿児島から校長を招き、威圧的な学校に対する学生の反骨心が、石川の教育をより育んだ」と紹介した。

 松田さんは、旧制金沢一中の前身である「共立尋常中学」の校長や四高の嘱託教員、教授を務めた小松市今江町出身の今川覚神が残した日記や手紙などの資料を示しながら、四高が開校した1888(明治21)年前後の情勢を解説した。

 四高を含む官立旧制高等学校は、明治政府が反抗的だった藩に、思想を植え付ける目的で設置したことを説明し、かほく市出身の世界的哲学者、西田幾多郎が「金沢に薩摩隼人(はやと)の教育を注入すると云(い)ふ」などと学校への不満をつづった手記を読み上げた。

 西田や教育者として活躍した山本良吉、日本文学者の藤岡作太郎、天文学者の木村榮ら四高で学んだ石川出身の偉人を紹介し、松田さんは「今川や金沢出身の北条時敬といった郷土の教育者の導きで、石川の教育が発展した」と話した。

北國新聞社

最終更新:5/21(日) 8:57
北國新聞社

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