ここから本文です

きゃりーが通った「あの店」 増田セバスチャンが語る原宿の未来 「もう一度、焼け野原になる」って?

5/25(木) 7:00配信

withnews

もっともっと自由で良い、と思わされる場所

増田セバスチャンさん(46)は、「原宿Kawaii文化」の伝道師として知られます。増田さんが手がけた「KAWAII MONSTER CAFE HARAJUKU」は外国人観光客に大人気です。そんな増田さん。「原宿は焼け野原になる」と予言します。「東京五輪をきっかけに若い世代への入れ替えのチャンスが訪れる」と語る増田さん。原宿の未来について聞きました。

【写真特集】美し過ぎる「コスプレイヤー」 男装・艦これ・初音ミク…

――1995年にお店「6%DOKIDOKI」を開きますね

 「6%DOKIDOKI」(6DD)に来る人は何かしら自分は普通じゃないかもしれないと感じている子が多いと思う。

 その時に唯一、この街というのは何故か、そんなことなんてどうでも良いよ、もっともっと自由で良い、と思わされるパワーがある。自分の考えていることは些細なことで、まだまだいろんな世界があるんだよ、というのがここで見えるんじゃないかな。

 また、自由という意味は、責任を取りながら生きる代わりに自由が保障される、ということも、原宿にいれば分かる。例えば、すごい派手なファッションをしたら、人からジロジロ見られたり、誰かに殴りかかられるかもしれない。

 それを覚悟してやる。自由と不自由という相反するものが内包している、というのが、原宿っていうのは、分かるんですね。

――増田さんにとって、自身の拠点となっている原宿とはどういう場所ですか?

 僕が10代の頃は、ただ単純に遊んできた場所なのですが、20代になりクリエーターを目指す時、僕の作るものはいろんな業界で異端視されてきました。その中で初めて、「面白い!」と受け入れてくれたのがこの原宿の街だったんです。

 そこで自分のクリエーターの歴史が始まった。この原宿のこの自由な空気感、何でもありというのがあったからこそ自分がこういうふうになった、というのはありますね。

きゃりー、篠原ともえも通った「原宿」の店

――きゃりーぱみゅぱみゅさんも学生時代、6DDに遊びに来ていたようですが。

 原宿にはいろんな子がいるのですが、彼女の最初は目立つ子の一人というイメージでしたね。

 彼女と出会ったのは2010年辺りですけれど、1990年代、20代の僕が6DDを立ち上げて、歩行者天国もあってこの辺がすごく人がいっぱいいたころにいたような、自由な発想を持っていた。彼女は当時の原宿にあった自由な空気感を持っていました。

 90年代のお客さんだった篠原ともえちゃんとも僕は仲が良いのですが、彼女は今、何か良い感じの原宿のスピリッツを背負いながら自由にやっている感じがしますね。

――増田さんが手がけた「KAWAII MONSTER CAFE HARAJUKU」(KMC)が外国人観光客にものすごい人気です。

 自分が若い頃に影響を受けた寺山修司は1970年代、渋谷に天井桟敷館という、喫茶店と、ちょっと小さなスペースで、ずーっと芝居っぽいことをやっていた。そういったものを原宿でも作れないかな、と思って作ったのが、KMCですね。原宿の象徴になるようなものを作りたいと思って考えた。

朝日新聞記者・永田篤史

最終更新:5/25(木) 7:49
withnews