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モンスター化する宰相 山崎雅弘さんが語る「安倍首相改憲提言」(上)

5/22(月) 14:48配信

カナロコ by 神奈川新聞

 安倍晋三首相の憲法改正提言に波紋が広がっている。首相の一連の発言や姿勢をどう捉えるべきか。戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏はそこに「モンスター化する宰相」の姿を見る。一体どういうことか―。神奈川新聞社に原稿を寄せた。

【首相改憲提言の波紋(下)】モンスター化する宰相

 日本国憲法の第99条は、戦争の問題を扱う第9条に比べると地味な存在で、憲法論議で光が当てられることは少ない。「天皇または摂政および国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」という文面を読むと、政治家や公務員に対する「心構え」「努力義務」を述べただけのようにも見える。

◆立憲主義に無理解

 しかし、実はこの条文こそ、日本国憲法が近代の「立憲主義」に基づく憲法であることを明示する、きわめて重要な鍵となるパーツである。

 立憲主義とは、端的に言えば、権力者の行動に「憲法」という制約を課すことで、特定の指導者が専制君主のように振る舞うことを防ぐ、政治的な工夫を意味する。憲法の条文に従い、これを順守する義務を負うのは、まず最初に「権力を持つ側」であり、憲法に記された「諸々の自由」に関する条文は「権力を持つ側は、弱い立場の国民が持つこれらを侵してはなりません」という、権力者への警告である。

 こうした原則は、憲法の条文を変更する際にももちろん適用される。憲法変更に必要な国会発議は、あくまで「それを望む国民と望まない国民の両方の代理人」として、国会議員が行うものである。本来「憲法を尊重擁護せねばならない側」の首相や大臣が、主体的に「憲法の条文に不満があるから変えたい」と変更に向けて動くことは、第99条を踏みにじる憲法違反であるのと同時に、立憲主義の理念への無理解や挑戦を示すものでもある。

◆報道の責務果たせ

 安倍晋三首相は、5月3日に行われた憲法変更を求める民間の政治集会に「憲法を改正して2020年に施行することを目指す」とのビデオメッセージを寄せた。9日には、鶴保庸介沖縄北方相も閣議後の記者会見で「間尺に合わない憲法は改憲すべきだ」という、憲法の内容変更を主体的に求める発言を行った。

 こうした首相や大臣の行動は、国民の立憲主義に対する無理解に乗じた形で行われており、あたかも「権力を持つ側の自分たちにも、憲法を変えたいと主張する権利がある」かのように錯覚させるムードを、メディアの報道を通じて既成事実として創り出している。

 だが、憲法とは、条文だけで機能するものではない。立憲主義という運用の「OS(基本ソフト)」を欠いた「憲法アプリ」は、国民の権利や自由を守れない。その理由は、北朝鮮の憲法を見れば分かりやすい。

 北朝鮮の憲法にも、言論の自由や報道の自由、デモの自由などをうたった条文があるが、立憲主義の原理原則が守られない国家体制なので、絵に描いた餅でしかない。立憲主義の原理原則が守られない国の憲法は、逆に権力者の「やりたい放題」を助長する道具として機能する。

◆憲法99条無視する危険

 安倍晋三首相は、14年2月3日の衆院予算委員会で「憲法が権力を縛るという考え方は古い。今の憲法は、日本という国の形、理想と未来を語るものだ」と述べた。この答弁は、立憲主義という重要な問題についての首相の認識不足を示したのと同時に、彼が憲法を「施政方針演説」や「国威発揚の道具」であるかのように理解している事実をも物語っている。

 現職首相が、憲法第99条と立憲主義の根本理念を堂々と無視するという事態の危険性を、今の日本の報道各社は正しく国民に伝える責任を果たしているか。

 やまざき・まさひろ 1967年大阪府生まれ。戦史・紛争史研究家。著書に「新版・中東戦争全史」(朝日文庫)、「日本会議 戦前回帰への情念」(集英社新書)、「『天皇機関説』事件」(同)など多数。