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カウンセラーが教えるアドラー流“捉え方術”

5/23(火) 11:40配信

ITmedia ビジネスオンライン

 近年、精神障害(メンタル不調)によって社員が休職、または離職してしまうケースが増加傾向にある。人手不足が深刻化していることや、生産性向上の観点からも、休職や離職を防ぐことは人事にとって大きな課題である。そうした中、5月や6月は特にメンタル不調を起こしやすい時期と言われているが、どうすれば社員をメンタル不調から守れるのだろうか。

【カウンセラーの岩井俊憲さん】

 前回のインタビューで、精神科医の勝久寿氏は「前向きな捉え方」が即時性の高いメンタル不全予防になると説明した。「アドラー心理学」を取り入れた研修など、「捉え方」の教育が重要なポイントになるという。

 アドラー心理学とは、オーストリア出身の心理学者、アルフレッド・アドラーが提唱した心理学であり、「捉え方」を変えることによって、あらゆる悩みを解消できるとしている。

 では実際、アドラー心理学を取り入れた研修では、具体的にどのような捉え方の指導をしているのだろうか。アドラー心理学を応用した研修を管理職向けに行うカウンセラー、岩井俊憲さんに話を聞いた。

●「自分の現状はその程度」という捉え方

――この春、管理職に昇進したけれど慣れない仕事でストレスを抱えている人も多いかと思います。どのような考え方(捉え方)が大切になるのでしょうか?

岩井: アドラー心理学では、「適応障害」「うつ病」といった現象は「失望」や「落たん」によって起こると説明しています。それは自分の「現状(の能力)」に対して「理想・目標」が高すぎた、あるいは、現状が低すぎたために起こるのですが、私たちは常にこういうギャップに直面します。

 しかし、ここで環境のせいにしてはいけません。私がよく言うのは、自分のレベルがそこまで高くないにもかかわらず、勘違いをして勝手に理想・目標を高くしてしまっている自分も悪いということです。

 例えば、管理職に昇進したばかりの層に多い「昇進うつ」というのがあります。「プレイヤー時代に活躍できていたのだから、マネジャーとしても活躍できるはずだ」と、自分の現状とは程遠い期待を勝手に抱くことで、ギャップに苦しんでしまうケースがよく見られるのです。

 このようなギャップを感じたとき、「自分の実力はこんなもんじゃない。本当はもっとできるはず」と無理に見栄を張らないことが大切です。まずは「そもそも、現状の自分はその程度なのだ」と受け入れてください。徐々に「理想」に近づくための行動を起こせばいいのです。

 「理想通りではない、自分の現状」を受け入れることで行動が大きく変わります。そうしなければ、組織の中で孤立し、ますます状況が悪くなってしまいます。それは、周囲からフィードバックをもらう謙虚さを持つことができなくなるからです。

●現状を受け入れると状況は良くなる

――現状の実力を認めることで、行動はどのように変わるのでしょうか。

岩井: 自己啓発本『そうか、君は課長になったのか。』(2010年発売)などの著者で有名な元東レの取締役、佐々木常夫氏の話を例に挙げましょう。

 佐々木氏はもともと企画や管理部門などの部署にいましたが、42歳のときにこれまでの全く経験のなかった営業部の責任者になりました。

 責任者になった佐々木氏は、営業成績が優秀だった年下の部下に頭を下げ、営業に関するレクチャーを受けたり、自分の仕事(進め方)の対するフィードバックを自らお願いしたそうです。「営業に関しては自分は無知」という自分の現状を素直に認めていたからこそ、部下からのレクチャーだったり、フィードバックをもらう行動が取れたのです。結果、佐々木氏は営業部の業績をこれまでに以上に伸ばすことができ、優秀なリーダーへと成長していきました。

 逆に、自分は知らない、できないと思われたくないと意地を張る人は、周囲とのコミュニケーションがうまくいかず、1人で悩みを抱え込み、孤立することにもつながります。当然、精神的な負担も大きくなる。

 前述した「ありのままの現状をきちんと受け入れる(認める)」ことが、このフィードバックを受けるという姿勢に変わっていき、精神的な負担を軽減させるだけでなく、状況を好転させていくのです。

――管理職という立場であっても、メンタル不全に陥る要因の多くは「人間関係に関する悩み」という調査結果があります。この問題については、どのように向き合えばいいのでしょうか。

岩井: 少し私の体験をお話させてください。私が若くして中間管理職に昇進したとき、仕事の進め方が強引でとても苦手だった人が自分の上司になったことがあります。そこで、私が実践したことは距離を置くことではなく、むしろ「相手の懐に入る」ことでした。自分の思っていることを正直に伝えたのです。「あなたは間違っている。もっとこうするべきだ」と。

 すると、以前よりも関係が良くなり、状況は好転しました。プライベートなことでも相談できる関係になったのです。アドラー心理学でも、苦手意識がある人とは「ときには恐れずに対決(主張)する」ことが大切だと説明しています。ちきんと主張することでしか状況は変化しないということです。

――しかし、状況が良くなるとは限らないのでは?

岩井: 確かにそうですね。もし、どうしても「対決する」ことが無理だという場合は、次のように考えてみてください。苦手なその人と離れるために、自分が仕事で結果を出すことで相手を早く出世させたり、自分が出世すればいいのだと。そうすれば、仕事もはかどるし、一石二鳥ですよね(笑)。

 また、その相手は仕事仲間ではありますが、生涯付き合う仲間というわけでもありません。目標・目的の共有ができて、協力関係ができていれば良いわけです。個人的な「好き」「嫌い」を意識する必要はないのです。

 それと、その苦手な人と実際に関わっている(話している)時間は1日の中で5%くらいのはずです。しかし、本人がその苦手な人を意識をしているために、まるで50%を占めているように感じてしまう人が多いのです。

 このように、自分で勝手に意識して疲弊してしまうケースはよく見られます。その点は気を付けてほしいですね。

●ビジョンを語れば部下は変わる?

――「部下が思うように動いてくれない」という悩みを抱えているリーダーは、この課題とどう向き合えばいいのでしょうか。

岩井: アドラー心理学には「目的論」という考え方があります。何のためにその仕事をやっているのか、その仕事にはどんな意味・価値があるのか。その目的をきちんと共有することが、モチベーションを高めさせる上で重要だということです。

 部下に与えた仕事の目的・意義についてしっかり語ることで、部下の仕事に対する意識は変わってきます。単に、作業を与えただけではモチベーションは上がりませんよね。より良い働き、質の高い働きをしてもらうためには、その仕事の目的・意義をきちんと分かってもらう必要があるのです。

 「この商品を売ってこい」ではなく「この商品が普及することで、社会にどんなインパクトを与えることができるのか」「君のどんな成長につながるのか」といった目的・意義の共有もぜずに「なんだこの成績は!」と怒っても部下はついてこないのです。

 いま、部下に与えた仕事の意義を語ることができないリーダーが多くなっているような気がします。

●「高すぎる目標は勇気を挫く」

――現場の社員に限らず、管理職も毎年のように高いノルマを設定されています。数字を追いかけることに疲れてしまったリーダーにはどんなアドバイスをしていますか?

岩井: アドラー心理学には「高すぎる目標は勇気を挫(くじ)く」という主張があります。しかし多くの組織は、簡単に達成できる目標を設定しません。命令した本人でも達成不可能な目標を課してきます。

 このような状況下で大切になるのが、“自分だけの目標”を作り、「組織から課せられた目標」と「自分で作った目標」を分けて考えるということです。組織目標はダメでも、自分にとっての目標が達成できれば、成長の実感を得られますよね。

 また、「最終的に達成したい目標(達成目標)」と「当面の目標」をしっかり分けることも大切です。達成目標だけ見ていると、そこに行き着くまでに心をくじいてしまう。ですから、当面の目標を立て、「まずは、それを達成できれば良い」と考えるようにしてください。

 さらに言えば、達成目標に届かなくても、「人としてダメ」ということにはなりません。自分の価値が下がるわけでもありません。同じように、目標を達成したからといって自分の価値が上がることもないのです。あくまで数字の話に過ぎないのですから。

 しかし「数値目標の達成」と「人としての価値」を一色単にしてしまう人は少なくありません。数字は数字、自分は自分。数字上で人からどう評価されようが「自己評価」を変える必要などないのです。そこをきちんと分けて考えられるかが重要なのです。


(鈴木亮平)