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顧客の顔が見えない企業は「個人商店」に戻れ

5/23(火) 6:05配信

ITmedia ビジネスオンライン

 2020年に30兆円の市場創出を目指して日本政府が推し進めている「第4次産業革命」。その戦略の下、さまざまな企業のビジネスがデジタル化するという「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が今まさに起こり始めている。

【ビジネスのデタル化発展段階。多くの日本企業はステージ1に到達もしくは着手した状態】

 ITmedia ビジネスオンラインでは、DXに関する有識者や専門家たちの意見をシリーズでお伝えする。今回はアクセンチュアの執行役員でデジタルコンサルティング本部 統括本部長の立花良範氏に、日本企業がデジタルビジネスに取り組まなくてはならない理由を聞いた。

●デジタルとは何か?

――アクセンチュアでは2013年から「デジタルビジネス」というキーワードを出しています。まずはその定義を教えてください。

 デジタルというのは、分かるようで分からないものです。今でもITをあまりご存じでない企業役員の方とお話しするときに、必ず最初にデジタルとは何かを説明します。この語源は「digitus」というラテン語で、指という意味です。指は1、2、3、4、5と数えられますよね。物事を漠然と捉えるのではなくゼロか1で見えるようにする、つまり見えなかったものを見えるようにするのがデジタル化なのです。

 例えば、自動車メーカーの場合、デジタル化以前の顧客との関係は、ディーラーでクルマを販売、成約して顧客に鍵を渡すところが一番のホットスポットで、この瞬間にクルマの所有権が顧客に渡り、自動車メーカーに売り上げが立つわけです。

 そこに至るまでに自動車メーカーはクルマを設計、開発し、流通させ、テレビCMなどでプロモーションをします。でも、それは顧客には見えません。一方、顧客はクルマを買った後に、それを使ってショッピングしたり、旅に出たりと、いろいろな利用シーンがあるわけですが、デジタル化以前の世界ではそれが自動車メーカーには見えませんでした。

 実はクルマを取り巻く情報というのは、1台のクルマができ上がってディーラーに運ばれてくるまでにも、それが売られた後にも膨大に存在するのですが、従来は自動車メーカーと顧客の接点は売れたときだけ、後はせいぜい故障したときくらいしかありませんでした。

 それがソーシャルやアナリティクス、センサなどの技術を駆使することで、双方の奥行きがすべて見えるようになりました。これがデジタル化の本質だと考えています。

 そこからデジタルビジネスの領域に進んでいくために、企業は2つのことをしなければなりません。1つは「顧客接点のデジタル化」です。

 こう言うと、eコマースやモバイルアプリなどを考えがちですが、当然それだけではなく、人間が実際に歩いたところをカメラで撮影し、導線としてデータ化したり、クルマをインターネットにつなげて顧客の走行距離、走行場所をリアルタイムで可視化したりするのもそうです。フィジカルな世界もサイバースペースにある世界もすべてデジタル化するのです。自動車メーカーの例だと、顧客がクルマを買った後の世界をどれだけデジタルとして網羅できるかが重要です。

 もう1つは「企業自身のデジタル化」です。顧客接点のデジタル化によって、さまざまな顧客の振る舞いにかかわるデータが得られたとして、そのデータの集計や分析などするのに今までの同じような夜間バッチ処理ではとても間に合いません。あるいは無数のデータを活用する際に人間が計算するなどあり得ず、アナリティクスの力が必要です。顧客接点がデジタル化していくにつれて、企業の内部もデジタル化していかなねばならないのです。そういう時代が来ているのです。

 当社ではそれぞれデジタルカスタマー、デジタルエンタープライズと呼んでいて、これらをデジタルビジネスのステージ1に位置付けています。現在支援する日本企業の8割がこのステージです。

 当然ここで終わりではありません。例えば、米ゼネラル・エレクトリック(GE)がジェットエンジンにセンサを付けたり、仏ミシュランがタイヤにセンサ付けたりなど、企業が元々持っている商品やサービスがデジタル化する、これをステージ2としています。

 最終的には、従来の商品、サービスがセンサやウェアラブル端末などのデジタル技術を使って変革していく中で、業界のカベが崩れていき、新たな産業ができ上がります。例えば、製薬会社や保険会社、病院、行政、ハイテク企業など、それまで業種、業界が別だった産業がヘルスケアという領域に集約されるでしょう。当社がデジタルビジネスコンバージェンスと呼んでいるこの状態がステージ3です。

●AIに頼らないと日本社会は厳しい

――4年前にデジタルビジネスと言い始めてから顧客企業に変化はありましたか?

 4年前に「Every Business is a Digital Business」というビジョンを打ち出したとき、大多数は「また新しいこと言いやがって」などと反応が悪かったのですが、ごく一部の会社からは納得感を得られました。

 翌年くらいからeコマース、あるいはマーケティングでデジタルを活用するという顧客接点のデジタル化に力を入れ始める企業が出てきました。

 昨年ごろからはドイツの「Indstry 4.0」のような動きをとらえ、日本企業も意識が変わってきており、製造業を中心にIoTやAIなどをテーマに企業全体でのデジタル化の取り組みが本格化しています。

――意識が変わった要因は?

 1つは、デジタル化によってモノづくりが問いを突き付けられていることです。日本は自動車産業を筆頭に、モノづくりで立国した国です。今後、工場がIoT化して、Indstry4.0の世界が実現していくと、日本企業がこれまで強みにしてきたすり合わせの文化や匠の業といったものが、どんどんデジタルに取って代わられる可能性があります。

 モノづくりもサービス化の方向へ行かなければ、日本の屋台骨だった産業が最終的に競争力を失ってしまうリスクがあるのです。実際に家電やハイテクの世界で既に起きたことが、自動車産業で起きないとは限りません。

 もう1つは、AIなどの必要性です。よくAIは人間の仕事を奪うなどと言われていますが、日本は少子化によって労働人口が減少していくので、むしろAIに頼らないと生産性を維持できないと思います。そうした運命に日本はあるので、日本企業のデジタル変革はこれからの社会を支えていくためにも必須なのです。

●大企業も個人商店に

――企業がデジタルビジネスを進める上で、まずはどういったところから取り組むべきでしょうか?

 2つあります。1つはそれぞれの企業が何のために生まれたのか、つまりビジネスの本質や意義、価値を見つめ直すことが大事です。時代とともに商品や事業が変わっていく中でも変わらないDNAがそれぞれの企業にあるはずです。それを今の時代のテクノロジーや顧客ニーズに当てはめたとき、何をすべきなのか考えるべきでしょう。世の中は変わっていると言いますが、その企業が提供する根本的価値は変わらないし、それが企業のブランドであるわけです。

 もう1つは、それをする実行する上でも、もう一度、顧客目線で100%考える必要があります。商品目線ではなく、本当に顧客が求めているものを捉え直すべきです。

――ビジネスの本質を見つめ直した結果、企業によってはデジタル化しなくてもいいということはあるのでしょうか?

 Every Business is a Digital Businessという言葉通り、すべての企業が対象です。よくこうした問いを受けるとき、「今の巨大な企業規模を維持しながら、昔ながらの個人商店に戻れますよ」とお話しします。

 個人商店というのは、近所の住民が客で、毎日のように買いものに来てくれるから、その客がどんな人で、どんな家族構成で、何をしているかが全部分かるということです。1人1人の顔を見ながら商売をしているわけです。ところが、仮に顧客が100万人にまで増えると状況は一変し、1人1人の顔は見えなくなります。

 デジタル化はたとえ100万人になったとしても顧客の顔がテクノロジーの力で見えるようになるのです。そういった1人1人の顧客が自社に何を求めているのかを吸い上げて、それに対応するというのはすべての企業がやらなければいけないでしょう。裏返すとテクノロジーやツールがそれを可能にしているのに、昔ながらのマスプロダクションをやっていても、顧客には到底受け入れられないと思います。

――業種に関係なくデジタル化が必要ということですね。

 もちろんその中身は業種や業態、あるいはB2C、B2Bによっても違います。すべてのビジネスがデジタル化するというのは、ある1つの形にあらゆる企業がならなくてはいけないということではなく、自社のビジネスの本質を顧客目線で見直したときに、最も良いデジタルの活用を考えるということです。

●ステージ2の課題

――企業がステージ2に進む上で何が課題になっているのでしょうか。

 分かりやすいジレンマは、ステージ2ではどうしても現行のプロダクトとカニバリゼーションを起こします。ある意味、サービスを売るのは、モノはタダでも提供するということですから。

 そのカベを超えなければ本当のサービスは生まれないので、採算を別に考えるとか、評価やKPIの設定を工夫するとかしなければなりません。これまでの事業と横並びで育てようとすると矛盾が生まれます。

 もう1つはケイパビリティ(企業全体の組織的な能力)です。これまで顧客の仕様通りにモノを作って納品していたときとはリードタイムがまるで異なりますし、顧客のニーズもすぐに変わります。それに対して素早くフォローアップしていくために、人材やチームをどう組織するのかが課題になっています。1つの解は、今まで商品ごとに部署が立っていたのを、すべての商品を横軸で見る組織にして、顧客に面でアプローチすることですね。

――既存ビジネスを発展する形でのデジタル化もあるし、新規事業のように別物としてデジタルビジネスに取り組むという選択肢もありますか?

 これはある論文で書かれていたのですが、既存ビジネスをデジタル化する場合、売れてない製品を使ってサービス化しようとするのは駄目だということです。自社で最も強い製品でサービス化することに挑戦するのが大事です。もしくは、おっしゃるようにまったく別の事業、会社としてやるべきでしょう。

――どうしても既存ビジネスで一番強い部分には手を入れたくないと考える企業が多いのでは? そこを新たにデジタル化するのは大変そうですが。

 例えば、トヨタ自動車がDCM(データ・コミュニケーション・モジュール)という車両からデータを取る機器を搭載しているのは、同社のフラグシップ製品の1つであるレクサスです。分かっている企業は既にそう取り組んでいるのです。

――ステージ3に上がるには異業種との連携が不可欠です。このあたり日本企業は苦手としているのではないでしょうか。

 外国の企業が必ずしも日本より格段に得意かと言うと、そうでもないと思います。ただし、なぜ他社とアライアンスしたり、パートナリングしたりしなければならないのかと言えば、異業種の企業を引っ張ってこないと、もはや目の前の顧客のニーズに応えられないからです。

 例えば、ある人の健康を増進するのに、フィットネスクラブも必要だ、医者も必要だ、薬局も巻き込もうと考えなければ、本当に顧客の求めるヘルスケアサービスは提供できません。日本企業には、モノを提供することが顧客のニーズにダイレクトに応えるという時代が確かにありました。かつて顧客のニーズというのは、クルマがほしい、クーラーがほしい、全自動洗濯機がほしいというもので、仕様通りにそれを作って提供することが顧客の満足度を高めました。そのときに多くの企業は成功したわけですが、いまだにそこから完全に抜け出せていないのです。重要なのは、異業種とパートナリングすることではなく、目の前の顧客のニーズに応えることです。

 今の日本社会はモノそのものはあふれ返っています。それよりも自分の人生の目的や価値観に従って、豊かな暮らし、健康、教育などを得たいと考える人が多いです。そうしたニーズをとらえていれば、おのずとアライアンスしようという気になるはずです。日本企業は苦手なのではなく、顧客のニーズをとらえていないからなのでは。

 今のオープンイノベーションに関する動きにしても、製品やサービスの開発に向けた技術にフォーカスしたようなシーズドリブンですよね。何か新しいアイデアを生み出そうとする一方で、本当に顧客のニーズを見ているのかどうか。とても疑問です。

――海外企業は今どのステージにいるのでしょうか?

 GEやミシュラン、ネスレなどはステージ2で、若干海外が先行しているかもしれませんが、そこまで日本と大きな差はありません。

――日本企業が追い抜くチャンスはまだあるということですか?

 デジタルネイティブのコンシューマーとの接点を押さえているグーグルやフェイスブック、あるいは購買の接点を押さえているアマゾンや楽天といったプレイヤーがいて、それらの領域はある程度勝負がつきました。これから検索エンジンの世界でグーグルがどこかに負けるとは思わないですよね。

 ただ、サーキュラーエコノミー(再生し続ける経済環境を指す概念)の領域はまだこれからです。UberやAirbnbのようなサービスが出てきましたが、まだマジョリティではありません。モノづくりで立国した日本、そして日本企業だからこそ、シェアリングエコノミーやサーキュラーエコノミーが注目される時代に今までの蓄積が生かせないのかなという思いはあります。

(伏見学)